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― 潜伏する影 ―第十二章 豊前の火種


黒田長政が内政の混乱と細川忠興への不信感に苛まれている間に、伝兵衛の視線は次の標的、加藤清正に向けられていた。

清正は肥後国を拠点とし、長政とは九州の覇権を争う宿敵である。彼の忍びは、一度秘匿銃の恐怖で豊後から撤退したものの、粘り強く大友宗麟の南蛮ルート、特に火薬精製の技術を追跡し続けていた。

伝兵衛の目的は、清正の関心を豊後から逸らし、彼の本拠地である肥後、または彼が領有を狙う豊前に、新たな**「火種」**を投じることだった。

豊前一揆の残滓

茜が湯治場の情報網から得た最新の報告によると、加藤清正の忍びは、黒田長政が支配する豊前国の**「中津なかつ」**周辺で、秘密裏に活動を活発化させていた。

中津は、かつて黒田如水の居城があった地であり、如水の隠居後も、その統治に対する不満分子、特に豊臣秀吉恩顧の旧臣や一揆の残党が多く潜伏している。

「清正の狙いは、豊前を内側から乱し、長政をさらに窮地に追い込むことだ。そして、その混乱に乗じて、豊後の国境を破り、この谷の火薬技術を奪いに来る。」伝兵衛は鋭く分析した。

「ならば、我々が清正の計画に**『便乗』**し、その火種を彼が望む以上に大きく燃え上がらせるのです。」茜が提案した。

銭と怨念

伝兵衛は、海路で得た工作資金を、惜しみなく投入することを決断した。

計画は、豊前中津周辺に潜伏する一揆の残党と、黒田長政の圧政に苦しむ浪人衆に対し、大友忍軍の資金と武器を秘密裏に提供することであった。

茜は、中津の裏社会に通じた一人の元・大友家臣を仲介役として使い、以下のメッセージを伝えた。

> 「この金は、豊臣秀吉公の遺臣からの支援である。加藤清正公が、貴殿たちの蜂起を陰ながら支持している。黒田長政の圧政を打ち破り、豊前の地を元の平穏に戻すべし。」

>

資金として提供されたのは、あえて古びた大友家の銅銭と、新たに精製されたばかりの小粒な火薬であった。これにより、蜂起は「秀吉恩顧の勢力」と「大友の残党」が結びついたものに見える。

そして、この支援の動きを、茜は意図的に黒田長政の密偵が発見しやすいように仕向けた。

炎上する豊前

数週間後、豊前国中津周辺で、予想を上回る規模の小競り合いと税の拒否が勃発した。

それは、単なる農民の一揆ではなく、武装した浪人や旧臣が参加する、明らかに組織化された抵抗であった。

黒田長政は、この事態に狼狽した。すでに細川忠興との緊張と、豊後での内政混乱を抱えている長政にとって、豊前の大規模な反乱は、まさに致命的な一撃であった。

「加藤清正め!自国を治めるどころか、豊前の旧臣を扇動し、私を貶めようとしているのか!」長政は激怒し、豊後の警備からさらに多くの兵力を引き抜き、中津の鎮圧に派遣せざるを得なくなった。

長政は、豊後から兵力を減らしたことで、細川忠興に対する牽制が弱まることを承知の上での、苦渋の決断だった。

地下司令所では、伝兵衛と茜が、地上の混乱を静かに見守っていた。

「清正は、豊前の混乱を望んだでしょうが、まさかこれほど火力が強いとは思っていないでしょう。彼は、長政が豊後に割く兵力を減らすことで満足し、漁夫の利を狙おうとしていた。」茜が地図上の豊前を指差す。

「しかし、我々が提供した大友の火薬と資金は、彼の想像を超えた力を与えた。清正は今、自分が火をつけたにもかかわらず、その炎が大きくなりすぎたことで、長政の反撃を警戒せざるを得なくなった。」

伝兵衛は、再び三角の牽制の完成を確信した。

* 黒田長政:内政混乱と豊前の反乱で疲弊。細川への警戒を継続。

* 加藤清正:豊前の反乱に手を貸したことが長政に露見するのを恐れ、豊後への本格侵攻をためらう。

* 細川忠興:黒田の兵力減少に乗じて、自領の警備を強化し、豊後への介入の機会を慎重にうかがう。

「これでいい。三者は、互いに最大の敵と見なし合い、兵力を分散させ、最も警戒すべき影の勢力、我々大友忍軍の存在を、完全に意識の外へと追い出した。」

伝兵衛の瞳は、未来の豊後の独立という、遠い目標を見据えていた。

「我々は、彼らが互いに力を消耗し尽くすまで、この地の底で、静かに、しかし確実に火種を育て続ける。」

大友忍者戦記の物語は、九州大名間の目に見えない権力闘争の裏で、深く、静かに進行していた。


次回、大友忍軍は、三勢力の牽制が続く間に、宗麟の遺した最後の「影の遺産」である南蛮技術をどのように応用・発展させていくのでしょうか?

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