小さな商店街の小さな床屋
えー、うちの店はですね、東京のとある商店街の角っこにございます。
隣は豆腐屋さん、向かいは文房具屋さん。どこも昭和から続く店ばかり。
最近はシャッターが増えましてね、ちょっと寂しくなりましたけど、
うちは今日も元気に営業中でございます。
床屋ってのはね、町の記憶を整える場所なんです。
髪を切りに来る人の話を聞いて、笑って、ちょっと泣いて。
その人の人生の“今”を、頭の形にして残すんです。
この前もね、昔から来てくれてる常連のマサさんが言うんですよ。
「床屋があるだけで、町が生きてる気がする」って。
ありがたい話ですけどね、わたしはこう返しました。
「町が生きてるから、髪も伸びるんですよ」って。
で、夕方になると、店のラジオから昭和歌謡が流れてきて、
椅子に座ったお客さんが「懐かしいなぁ」って言うんです。
その一言で、店の空気がちょっとだけ柔らかくなる。
それが、床屋ってもんなんです。
わたしはね、髪を切るたびに思うんですよ。
「この人の今日が、ちょっとだけ良くなりますように」って。
それが、理容師の祈りです。
で、閉店間際、椅子を拭いて、ハサミを磨いて、
店の外に出て、商店街を眺めるんです。
誰もいない道に、風が吹いて、
看板がカタカタ鳴ってる。
でもね、明日も誰かが来る。
髪を切りに、話をしに、ちょっとだけ強くなりに。
今日も誰かの心を、ちょっとだけ整えました。
それが、うちの仕事です。




