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Rd.3 裂ける星域



出撃要請の時間まであと数時間を切った頃。


艦隊の休憩室にある自販機で購入した缶コーヒーを片手に

一人のパイロットが小声で何やら言葉を零していた。

飲んでいる素振りで持つ仕草はあくまで飲んでいる様に見せる為。

様子が周りに溶け込み誤魔化す為の物だ。

開けただけで中身は殆ど減っていない。

「…あいつの様子はどうだ?」

声に緊張はない。だがその問いには隠れた通信機器からの命令が絡んでいた。

名を聞かずも問うた声に緊張を隠すかの様に

パイロットの声色をは落ち着かせて答える

「いいえ…変わりはありません」

パイロットの回答にそうか…と隠れた通信機器から聞こえてくる声が呟く。

「近くで監視出来なくなったのだとしてもだ。その分、微細な変化を取り逃がすな」

「了解…何かあれば報告します」

そこで通信は途絶え、フェイクで利用した中身を全部飲み干す。

潰れる音と共に缶にパイロットの冷たい表情が映りかけた事に

誰も気づいていなかった。



****


フィネス艦隊。

格納庫のざわめきが戦意を高める中、

一人の青年が紫色の自機の最終点検を済ませていた。

格納庫の薄暗い光の中、紫の機体の前に立つパイロットは

静かに装甲を指先でなぞった。


「……今日も、背中を追わせてくれ」


その声には熱が込められていたが、周囲にはただの集中としか映らない。

整備端末に映る微かな出力の揺らぎ。

(……おかしいな。ログに残っていない動作がある)

眉をひそめるパイロット…ハイドウ・カケルは、すぐに冷静を装った。

「問題ない、いつものことだ」

その時、背後から声がした。

「ハイドウさん、この機体、やっぱりすごい色ですね」

振り返ると、偶然通りかかったミナモが興味深そうに立っていた。

隣から声が聞こえ、ミナモが顔をのぞかせる。


ハイドウ・カケル。テラダの旧チームメイトだ。

急にチーム移籍が決まり、今シーズンからチームも

機体のマシンも変更になってしまった為、

ミナモは色々大変なんだろうな…と思っていた一人だった。


「ん?ミナモか……初めてだね、こういうところで会うのは」

指先の微かな震えが、心拍と連動して機体の出力に反映される。

「テラダさんの相棒だったんですよね。やっぱり、すごい人なんですか?」

その名を聞いた瞬間、ハイドウの瞳が熱を帯びた。

「すごい……って言葉じゃ足りない。俺なんか比べられる存在じゃないよ。

ここでは死神とか呼ばれる事もあるけど、俺はヒーローだと思ってる。

あの人の背中を隣で見られたことは、俺の誇りだ」

ハイドウは明るく答えつつも、その瞬間…背後から鋭い声が飛ぶ。

「ちょっといい?」

振り返るとアカリが冷ややかな目で立っていた。

探る光を帯び、疑念を隠さない。


「……最近、出撃前によく格納庫にいるけど、何か隠してるんじゃないの?」

ハイドウは一瞬、心が言葉を飲み込む。

「い、いや、ただの習慣だし」

「本当ですか……?」

アカリは疑念を隠さずじっと見つめる。


その時、艦隊の出撃号令が響き渡る。

「ハイドウ、準備はいい?」

チームメカニックである整備士がハイドウに問いかけてきた。

「はい、もう行くよ」

ハイドウは軽く手を振り、アカリの視線を逸らす。

「じゃあ、ミナモ、戦場で会おう」

アカリは眉をひそめるが、何も言えずに見送る。

(……やっぱり、何か隠してるのよね、あの人)


コクピット内に収まったハイドウは、深く息をつき心の中で誓う。

(守る……秘密も覚悟も、俺が背負う)

出撃前で記録はされなかったが指先の微かな震えと、

機体の出力に小さな揺らぎが僅かに動いていた――

同じ頃、機体が唸りを上げ…宇宙空間への跳躍準備が整った。


*****


コクピット内は静寂に包まれ、ただ機械音と呼吸だけが響いていた。

ミナモは深呼吸を繰り返し、手元の操縦桿をぎゅっと握る。

心臓の鼓動が耳に届くほどに。


「…緊張するなぁ」

機体に乗り込み小声で呟くミナモに、隣のキョウスケは落ち着いた声をかける。

「大丈夫だ。今までの訓練がある。落ち着け」

声は穏やかだが、その瞳には戦場に挑む覚悟が宿っている。

「全システムチェック完了。出撃準備OK」

ルゥの機械的な声が響き、緊張を少し和らげる。

「23%の確率で致命的損傷ぉ?うんっまあ大丈夫かな♪」

AIの冗談めいた声に、ミナモは思わず小さく苦笑した。


モニターを確認すると出動方向の先、要塞級の影が見える。

静かに待ち構えているであろうその点にミナモは息を呑み、拳を握りしめる。

「…絶対、負けない」


ミナモ達を含め、機体が宇宙空間に滑り出す。

冷たい無音の闇に、星の光だけが散らばっていた。


要塞級へと進路を取った瞬間、前方を遮る影が現れた。

大型ケライヤ――

次の瞬間、要塞本体から小型群が一斉に放出される。


「来た…なんだ、あれ…」


ミナモはMAPから溢れてきた沢山の点に呟く。

“小型“と呼ばれているが、どれも十メートル級。

針と粘膜が混じったような不気味な外殻に全身に並んだ鋭い刃。

体内からミサイルが次々と吐き出され、群れが機体に絡みつけば――

大型機体すら押し潰されるだろう。

その数にアカリのマシンAIが即座に反応した


「アカリ、前方!小型級は約1000来るわ」

「有難うコーサ。相変わらず数で来るわね…化け物め」

小型級。鋭利な刃を全身に纏った身体にはミサイルを打ち出す器官も持っていて

複数に纏わりつかれたら大きな機体でも太刀打ち出来ずに圧し潰される。

まるでハリネズミとナメクジを合わせたかのような風貌に

アカリは嫌悪感の表情で呟く。

大小合わせて…

「前方報告。小型級、約一千。全機、配置!」

司令官の戦艦から総合オペレーターの声が聞こえコクピットを震わせた。

先陣を切った仲間の航空機の弾雨が群れを削ろうと発射されて行く。

だが同じくして小型系もそれぞれの体内からミサイルを吐き出す。

弾雨と弾雨がぶつかり合い、宇宙空間に爆風の層が幾重にも生まれた。


「…絶対倒す!」

仲間の航空機に続いてミナモ達の機体も躍り出る。

ミサイルが放たれるそれをキョウスケは捉えていた

「狙い撃つ!」

トリガーは狙いを定めて引く。

一つ一つ打ち漏らさないようにミサイルは爆散してゆく

「避けた!これなら…っ!―――ぐっあっ!」

大きな振動が走り、二人は揺れに堪えた。

「やられた!?」

感じる大きな揺れにミナモは慌てた。

「いや、ミサイルが掠っただけだ。数秒でクラッシュなんざ新人でも笑えねぇぞ!」

キョウスケは振動に覚えがあるのか安堵の笑みを零す。

「ナモちゃん、これが戦いだ…ミサイルを捉えても避けるところは避けなきゃやられる。」

キョウスケの声は冷静だが、ミナモの胸は恐怖で締め付けられた。

「大丈夫、大丈夫♪この機体がやられて死ぬのは23%だから♪」

(23%って…軽く言うなって)

答えとは裏腹にルゥの天真爛漫な声にこういうところはAIなんだと

ミナモは笑えない緊張が絡んで軽く眩暈をした。


「二人共、無事か?」声と共にワシトミの声が機体に響く

「向こうは無差別に撃って来るし尚且つ突っこんでくる。複数にまとわりつかれたら不味いぞ」

爆風を突き破り、黒い機体が敵の群れを切り開いてゆく。

紫と黄色のラインが流星の様な弧を描き、宙を駆け抜ける。

(あれはテラダさん達の――)

見惚れるミナモをアカリの鋭い声が現実に引き戻した。

「シンデレラさん達、後ろガラ空きよ!」

振り返れば背後から迫る小型ケライヤ。アカリが即座にビームで焼き切ったのだ。

破片と血が光の粒子になって飛び散る。

「キタガワさん有難う!悪いっ!」

「気を抜かないで頂戴!危なっかしい…」


――その時。


要塞級の奥。

爆発の轟きが遠くに反響するだけの静寂に、二つの影が立っていた。


「……フフッ、フフフ……やっぱり来たわね」

女の声は、子供の笑いと嗜虐の吐息が混ざり合ったものだった。

「数えてたの。百、二百、三百……ああ、千匹近い小虫たちが、必死に光ってる。

ねぇ、聞こえる? 弾ける音が、まるで骨の砕ける音みたいで――たまらないの」


女は自らの爪を口元に当て、噛み砕くような仕草をして笑った。

「フフフ……ほら見て、見て! 動くおもちゃたち……赤く光って可愛い……」

「ほら、ほら、もっと……遊びなさい! 生きてるうちに楽しむのが一番――」

美味しいのよ。と、唇の端から覗く舌は甘美に震えている。


「お前は相変わらず下らん」

隣の男は氷のような視線を外へと投げた。

「彼らは消耗品。我らが探すのは“姫”ただ一人。無意味な殺戮は許されん」

「無意味?違うわ」

女は背筋を反らせ、首を傾げながら囁く。

「潰れる瞬間の悲鳴、切り裂かれた時の色、散らばる肉片の舞――

全部、意味のある“芸術”よ。ほら、ほら、もっと聞かせてほしい……」

「けれど、偶然って素敵じゃない?」

女は唇を艶やかに歪める。

「姫の聖痕を持つ者が、ちょうど群れの中に紛れてる。これは遊ばなきゃ損ってものよ」

「任務を忘れるな。これは“上”の意思だ」

男の声には一片の熱もない。

「我ら幹部が軽挙をすれば、あの御方の逆鱗に触れる」

女はくすりと笑い、男の忠告を手で払いのけた。

「分かってるわ。でも、あの御方だって――強い獲物がお嫌いじゃないでしょう?」

彼女の瞳孔は開き、星明かりの中で怪物じみた光を宿す。

そして次の瞬間、全身が朱色の巨大兵器へと変貌した。

鋭い刃が花びらのように展開し、血を欲するかのように振動する。


「フフ……始めましょう。血と肉と骨の――舞踏会を!」


咆哮のような轟音を残し、機体は要塞の外へと飛び出していった。


残された男はその背を一瞥し、冷えきった声で呟く。

「……好きに踊れ。だが忘れるな、これは戯れではない。

舞台が完成するのは――御方が現れた時だけだ」

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