Rd.25 願いは加速する
ミナモとキョウスケ──そしてルシアの件について、
ワシトミとイナガキは途切れ途切れになりながらも、すべてを語り終えた。
ミナモがルシアと行動することになった経緯。
それを知りながら、ルシアが沈黙していた理由。
チハヤによるルシア拉致。そして、突発的な敵の出撃。
話が進むにつれ、アカリは何度も息をのんだ。
知らなかった事実が胸の奥に深く突き刺さり、
重く、痛みとして広がっていく。
ミナモが笑っていた時間。
キョウスケが支え続けていた瞬間。
そしてルシア──自分の近くで、静かに見守っていた気配。
いま聞かされた事実が、それらの記憶すべての意味を書き換えていった。
「……そんな、ことが……」
その声は、絞り出すように震えていた。
イナガキは肩で息をしながら、アカリの前にしゃがみこむ。
その目は、自分の告げた現実が
彼女の胸を痛ませていることを痛いほど理解していた。
「お前に隠したかったわけじゃない。ただ……タイミングが悪すぎた。
俺たちも全部分かって動けてたわけじゃない」
アカリは唇を噛む。
悔しさ、悲しさ、怖さ、怒り──
多くの感情が胸の奥で渦を巻き、呼吸を乱しそうだった。
「でも……みんな、戦ってたんですね」
「戦っとる。今もな」
ワシトミが静かに答えた。
アカリが振り返った先では、整備士たちが壊れた機体の残骸を片付け、
硬い表情で次の襲撃に備えていた。
腕も、背中も、眼差しも、緊張で張りつめている。
状況は最悪。
仲間は傷つき、敵はいつ来るか分からない。
それでも誰一人、諦めてはいない。
アカリは拳を強く握った。
心の迷いが、ゆっくりと別の形に変わっていく。
「……私、もっと知らなきゃいけなかったんですね。
みんなのこと、戦っていた理由、ルシアさんが何を恐れていたのか……。
そばにいたのに、気づけなかった」
イナガキは静かに首を横に振る。
「気づけるやつなんていないよ。
あの二人だって全部話す気なんて最初からなかった。
あいつらは背負い込む性格だし」
その言葉に、アカリの表情がわずかに緩む。
ミナモもキョウスケも、不器用で、優しい。
誰かを守ろうとする時ほど黙ってしまう。
そういう人たちだ。
短い沈黙。
その余韻を断ち切るように、ワシトミが深く息を吐いた。
「……だが、まだ“伝えていないこと”がある」
アカリは顔を上げた。
ワシトミの表情はいつもより厳しく、だがどこか優しさを含んでいた。
「ルートから“その時が来たらアカリに渡してほしい”と頼まれててな」
その言葉だけで、アカリの胸は締めつけられる。
ルートの声。温度。真摯な頼み。
それらが一気に蘇り、膝が震えそうになる。
なぜ今、これを自分に?
ワシトミはそんな彼女の動揺を見守りながら、静かに言葉を継いだ。
「……状況が最悪やからこそ、渡す必要がある」
胸の奥に、不安と覚悟が混ざり合う。
父のこと。仲間のこと。
そして──自分自身も戦いに巻き込まれていく未来。
アカリの視線が自然とワシトミの手元に吸い寄せられる。
ワシトミはゆっくりとポケットから小さな金属片を取り出した。
冷たい光が、重さを示すように鈍く揺れた。
「これを……」
アカリは息を整え、震える指先をそっと伸ばす。
指が触れる前に──
昔の景色が脳裏をよぎる。
父の背中、エンジン音、サーキットの匂い。
“パパの走りが一番かっこいい”と言ったあの日の自分。
ワシトミの声が静かに告げた。
「……お前の親父さんからの手紙や」
胸が大きく震えた。
父の意志。父の覚悟。
そのすべてが、この小さなチップに詰まっている。
アカリが受け取った瞬間、アカリの手のステラコアを通して
ホログラムが立ち上がった。
映し出されたのは、キタガワ──アカリの父。
機体内部で撮影された映像は、揺れ、焦げ跡がちらつき、
外殻を叩く爆風の影が光を乱していた。
『……アカリ。父さんだ。
ドライバーとして、パイロットとして──これが最後の走行になる』
穏やかな声の奥に、覚悟が震えていた。
『今から敵陣に突っ込む。生きて戻れる可能性は……正直ほとんどない。
でもな、アカリ。父さんは戦いに行くんじゃない。
お前の未来と、明日を守るために“走る”んだ』
HUDが赤い警告で染まっていく。
『コースじゃなくても、逃げない走り方は知ってる。
お前が笑ってくれたこと……全部、胸にしまっていく』
アカリの肩が震えた。
『もし帰れなかったら……泣いてもいい。
ただ、前を向け。転んだら、ゆっくりでいいから立て。
父さんがいつもやってたみたいに』
父は、かすかに笑った。
『……アカリ。お前の父でいられたことは、
どんな表彰より誇らしい。愛している。
最後まで、お前のために走る』
そこで一度、映像が揺れる。
だが声は続いた。
『最後に……アカリの仲間がいたら伝えてくれ』
アカリは息を止めた。
“相棒”──その言葉の意味を理解している。
父とともに乗っていたのはテラダだ。
戻ってこなかった、あのパイロット。
『あいつは初陣で地獄に巻き込まれた。
きっと自分を責めるだろう。
悲しみも怒りも……全部、あいつに向かうかもしれない。
人は……弱いからな』
父は険しい表情のまま、優しく言葉を締めた。
『だから……誰か、あいつを助けてくれ。
俺の代わりに。頼んだ』
テラダ。
父が守り抜いた相棒。
父が最後まで気にかけた仲間。
アカリは胸を押さえ、目を閉じた。
涙が落ちるが、その表情は決して弱さだけではない。
静寂を破ったのは、ワシトミの低い声だった。
「……時間は待ってくれん。チーム全体で動くぞ!」
その瞬間、整備班が一斉に顔を上げた。
工具の音が止まり、空気が張り詰め、
アカリの涙を照らす光が、決意へと変わって行こうとしていた。




