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Rd.24 間に合う側の走者


帰還した艦隊内部は、空気そのものが沈んでいた。


行方不明のパイロットは4名。

稼働不能になった機体、消息を絶たれた機体――

次の襲撃は必ず来る。

その緊張と喪失が、格納庫全体を重く押しつぶしていた。


ミナモが機体から降り、金属床へブーツを下ろした瞬間だった。

乾いた靴音が、鋭くこちらへ向かってくる。

キョウスケが気づいて止めようと伸ばした手は、ほんの一歩遅かった。

アカリの平手が、風を切る音と共にミナモの頬を打ち抜く。

衝撃に揺れたミナモの耐火服を、アカリは掴み上げるようにして叫んだ。


「どうして…どうして今まで隠してたの!」

「アカリ…」

「なんで…なんであの子が、私の父を…殺したのよ!」


声が裂け、怒りとも悲鳴ともつかない響きが格納庫に反射する。


「違う! ルシアはアカリのお父さんを守ろうとして――」

「じゃあどうして! どうして守れなかったのよ!

どうして…どうしてっ!」


最後の「どうして」が、怒号ではなく、溺れるような声に変わっていく。

ミナモの胸元を掴むアカリの指は震え、

涙の粒が、耐火服に静かに落ちた。

アカリの肩が震え、その力が徐々に抜けていく。

掴んでいたミナモの耐火服から、指が一本、また一本と離れた。


「アカリ…」


ミナモはそっと手を伸ばしたが、触れる前にアカリが後ずさる。


「触らないで…今、あなたに触れられたら……壊れちゃう…」


アカリは必死に涙を拭おうとするが、

次から次へこぼれ落ちてくるせいで意味を成さない。

その姿に、周囲の整備員たちも誰一人声をかけられず、

ただ沈黙が満ちていた。

キョウスケが、そっとアカリの背後に回って支える。


「アカリ……まずは落ち着け。ミナモを責めても、状況は――」

「わかってる!」

叫びというより、引き裂かれた感情そのままの音だった。

「わかってる…わかってるけど……っ」


崩れ落ちそうな身体を、キョウスケが抱きとめる。

アカリはその胸で声を押し殺し、震えて泣いた。

ミナモはただ、拳を握りしめて俯くしかなかった。

アカリの痛みも怒りも、すべて刺さるように伝わってくる。


「…キョウスケ!」


突然かけられた声に振り向くと、そこに――

ワシトミと全身に包帯を巻かれ壁を支えにしながらイナガキが立っていた。


「イナガキさん! 大丈夫?」


キョウスケは驚きと焦りを隠せず、駆け寄る。


「大丈夫…いや、大丈夫じゃないか。

これじゃあ機体を操作できなくて……っつ!」


イナガキは痛みに顔をゆがめ、言葉を途切れさせた。

その肩がわずかに震えている。


「テラダさんが攫われたのに……

俺はこんなになっちまって……くそ……!」


壁に拳を叩きつけようとしたイナガキの腕が、

途中で力を失い、ぶらりと下がる。

キョウスケはその腕をそっと支えた。


「イナガキさん、無理だ。そんな体で動いたら――」

「わかってるよ……わかってるけど……!」


イナガキの声は怒りよりも、悔恨と不甲斐なさで震えていた。


「テラダさん、俺の前で……

あの黒い奴らに引きずられていって……

なのに……何もできなかった。

テラダさんは……チームメイトなのに……!」


格納庫に新たな静寂が落ちる。

アカリも泣き顔のまま、ゆっくりとイナガキを見つめていた。

ミナモは胸が締めつけられる感覚を覚える。

彼らは皆、誰かを守れなかった痛みに飲み込まれていた。

その沈黙を、ひときわ重いものに変えたまま数秒が過ぎた頃だった。

端のほうで腕を組んだまま黙っていたワシトミが、

どこか言い出しにくそうに視線を揺らし、ためらいがちに口を開いた。


「……あのな。キタガワに……ちょっと、話したいことがあんねん。

 こんな時に言うんも、正直…気ぃ引けるんやけど……

 時間、もろてもええか? ……皆も、ええか?」


声は普段より明らかに小さく、気まずさと躊躇いがにじみ出ていた。

アカリは泣き腫らした目を上げ、

その“申し訳なさそうな響き”に押されるように、ゆっくりと頷いた。


************



格納庫の奥。機体の残熱がまだ漂う空気の中で、

ハイドウは工具棚にもたれかかり、視線を落としたまま動けずにいた。

照明の届かない奥で、ただ一点を見つめ、立ち尽くしている。

彼もまた、別の喪失の中に沈んでいた。


チハヤとヒカリが消えた。

あの瞬間、手を伸ばすことさえできなかった――

その無力感が胸を締めつける。


「カケル……?」


控えめな声が背中を撫でた。

ハイドウが振り返ると、そこに立っていたのは

病室で別れて以来の、あの姿だった。


「マキタさん……! 退院されたんですね!」


やつれた面影はあるが、マキタの目はまだ鋭い光を失っていなかった。


「ああ。体はなまりすぎてるが……

遅れて来たら、ずいぶん深刻なことになってるじゃないか」

「……っ」


その一言で、ハイドウは一気に現実へ引き戻された。

喉が震え、胸の奥から言葉がこぼれる。


「テラダさんが……向こうに攫われて……俺、どうしたらいいのか……」

マキタは歩み寄り、ハイドウの肩を掴んだ。

その手は入院明けとは思えないほど強く、しかし温かかった。


「お前さん……ウイン・キーを持っているんじゃないのか?」

「ウイン・キーって……

あの、優勝したチームに贈られるっていう……あれですか?」


言われて、ハイドウはポケットを探る。

小さな金属の触感――いつも無意識に持ち歩いていたもの。

以前、レースでテラダと組んで優勝したときにもらった“あれ”。

ただの副賞。

記念品であり、ハイドウにとってはお守りでもあり……

以前の“チームで勝ち取った証”だった。

何の鍵なのか。何を開くのか。

ハイドウにはまだ、その答えがわからない。

ただ、これを失くしてはいけない――そんな予感だけが、いつもあった。


マキタは静かに首を振る。


「表向きはな。だが……あれは“ただの記念品”じゃない。

お前さんが知らない役目がある。ルートのパイロットが居ない今、なおさらだ」

「……え?」


ハイドウの胸がざわりと波立った。

マキタは続ける。


「ウイン・キーは“過去の栄光”の鍵だ。

 今、ルートの機体を動かせるのは…優勝したチーム経験のあるお前さんだけだ」


ハイドウの心臓が跳ねた。

テラダを救うための道。

チハヤを取り戻すための道。

そして――ヒカリの場所へと繋がる、唯一の鍵。

胸ポケットのウイン・キーが、微かに冷たい光を返した。


「……俺は行かなきゃいけないんですね」

「怖いか?」

「……はい。でも……行かないと、後悔します」


マキタは静かにうなずき、ハイドウの背を押した。


「行け、カケル。――お前さんは、まだ“間に合う側”の人間だ」


ハイドウは胸ポケットを握りしめる。

金属の冷たさが指に沈み、確かな“道”の感触へと変わる。


「俺も……後から行く。チハヤには、色々と聞きたいことがあるしな……」


マキタはそう呟いた。



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