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Rd.21 歪んだチェッカーライン


「……テラダさん、やめてください!」

イナガキの叫びが、狭い複座コクピットに反響した。

だが、すぐ隣にいるはずのテラダから返ってくるのは

くぐもった呼気と、電子ノイズだけ。

照準ホログラムがイナガキ席を正確に捉えている。

テラダの腕は震えながらも、銃口だけは寸分の狂いもなくこちらを向いていた。

「テラダさん……!」

言葉が届く気配はない。

トリガーが――引かれた。


――閃光。


至近距離から発射された衝撃が、コクピットごと揺らす。

視界が白く弾け、警告アラートが一斉に点滅する。


《警告:前方制御層、損傷。バイタル系統に干渉……》


イナガキは瞬きをし、胸の前のハーネス越しに走った熱を感じた。

装甲が焦げ、煙が薄く立ちこめている。

致命傷――ではない。

本来なら、至近距離で撃たれて生きているはずがなかった。

防いだのは、彼ではなく。


《防御層シフト……成功……でも、システムが……》


ルートの声が、すぐ耳元のスピーカーからかすかに漏れた。

彼女はイナガキ席の生命維持シールドを瞬時に増幅させ、

銃口の向きを強制的に逸らしたのだ。

その代償で、AIコアに過負荷が走ったのだと理解する。


「ルート!? ルート、聞こえるか!」


イナガキはパネルを叩くように操作する。

透明感のある女性の声が、ノイズの奥で揺れる。


《……ハヤナ……無事で……よかった……》


途切れそうな声。

その呼び方――個人名で呼ばれた瞬間、胸が締め付けられた。


「やめろ、喋るな! ルート、戻れ、再起動しろ!」

《……貴方が……生きて……いれば……それで……》


ぷつん。


小さな断線音とともに、ルートの光アイコンが完全に消灯した。

音声が途絶え、コクピットが不自然な静けさに包まれる。

イナガキは、呼吸を忘れた。

頭が真っ白になり、それから猛烈な熱が込み上げてくる。


(俺を庇って……ルートが……)


拳を握る手が震えた。

すぐそばで、銃を構えたまま硬直するテラダの横顔が視界に入る。


「テラダさん、どうして……どうしてこんな……!」


歯を食いしばり、怒りを押し殺しきれない声が漏れた。

しかし――隣のテラダは、苦悶で顔を歪めていた。

目は見開かれ、額には汗。

そして、震える唇が、かすかに動いた。


「……に、げ……ろ……イナ……ガキ……」


確かに本人の声だった。

ほんの一瞬だけ、意識が浮上したのだ。

だが次の瞬間、テラダの瞳から光がすっと抜け落ちた。

再び、冷たい何かがそこに宿る。

――テラダの右腕がまたイナガキに向く。

今度は迷いもブレもない。

その時だった。

コクピット外側で、何かが機体ごと横撃した衝撃が走る。

その時、空間が歪んだ。

黒い裂け目が開き、冷たい粒子の嵐が吹き荒れる。

金属がねじれ、警告灯が走った.

二人の身体はシートに叩き付けられ、何者かが乱入してきた。

大きな粒子が手のような形を作り、そのままテラダを包み込む。

《……確認、対象:聖痕保持者。保護(回収)を開始する。》


「やめろ! テラダさんを返せ!」


《警告:胸部装甲破損。操縦席へ衝撃波侵入。》


アラームが鳴る中、残りの粒子は鋭い触手に姿を変え

イナガキに向かって行く。


触手の一本がイナガキの腕を掠った。


「ぐっ……!」


腕に鋭い痛み。

視界が白く霞む中、男の声が通信に滲む。


《不要な個体は廃棄する。――彼の“聖痕”が我らの鍵となる。》


また一つ、イナガキに狙いを定めた触手が迫ってくる…!


(駄目だ…)


やられる…!と思った直後、目の前に壁が出来、触手の侵入を防いだ。

コクピットの遮断装置が起動し、触手の攻撃を凌ぐも…

壁の向こうの音が段々と収まり…恐る恐る壁の開くとそこには

触手もテラダも消えていた。


残されたのは、

損傷した機体と、

沈黙したルートのシンボルだけ。


「……ルート……聞こえるか……」

傷から流れてくるものを抑えながらイナガキは問いかけるが返事はない。

ただ、冷たいアラートの音が響いていた。


***********


通信が回復したとき、

画面の向こうに映ったのは――暴走するダイキの機体だった。


《ダイキ! 応答して!》


モカの声が割れた。

それでも、彼…ダイキの反応はない。

機体の動きは滑らかすぎて、人間ではない何かの制御に近かった。

警告灯が、何層にも重なって視界を染めた。

自分の鼓動と機体の振動が、同じリズムで鳴っている。

それがいつからか――ダイキには不気味にも心地よく感じ始めていた。


「……なんだ、これ……」


通信が割れ、ダイキの聴覚が遠のく。

外の音が海の底のようにくぐもって聞こえる。

次の瞬間、視界の端で何かが“滲んだ”。

空間が波打つ。

その向こうに、見覚えのある光がある。


――ダイキの機体


誰もが制御を取り戻そうとする通信が飛び交っているのに、

誰の声も、もう自分には届かない。


(……止めなきゃ。あいつが、壊れる……)


そう思った。

でも、あいつは誰?――それに身体が動かない。

スロットルを戻そうとした右手が、

代わりにスラスターを開いた。


「……!? 違う、俺はそんなつもりじゃ――」


声が、ノイズに飲み込まれる。

思考と肉体の間に“誰か”が入り込む。

意識の奥に、もう一つの脈動があった。

その“何か”が、彼の視界の奥から覗き込む。


――君は、良い“器”だね。


誰かの冷たい声が、脳の内側で囁いた。でも心地良い。

身体の動きが、自分の意思を置き去りにしていく。

照準が勝手に動き、推進を最大にする。

声の主はダイキの機体へ一直線。


「やめろっ、俺は……!」


スピーカーの中で自分の声が笑った。

その笑いは、もう自分のものじゃなかった。


通信回線が揺れ、砂嵐のようなノイズの中から声が割り込んだ。


《……っ、ミナモ! そっちに向かってる、持ちこたえて!》


モカの必死な声。

だが、応答したミナモの喉は乾いていた。


「持ちこたえるって……どうすれば……!」


暴走するダイキの機体は、味方の制止信号すら無視し、異常な軌道で空間を切り裂いている。

機体の外装には黒い粒子がまとわりつき、光が吸い込まれていくようだった。


キョウスケが、震える声で叫んだ。


「ダイキ! お前、聞こえてんだろ! 戻れって!!」


返答はない。


それどころか――ダイキの機体の照準が、ゆっくりとミナモ達へ向いた。


《警告:ロックオン検知。対象――味方機。》


「……嘘、やめろ……ダイキ……!」


ミナモが舵を切ろうとした、その瞬間。


――空間が“裂けた”。


視界がノイズで染まり、黒い稲光が走る。

そこから滑り出たのは、見慣れた機影。


「……レイ!?」


だが、様子がおかしい。

レイの機体のコクピット周辺に黒いコード状の粒子が絡みつき、まるで操り糸のように脈動している。

そしてレイの声は、いつもの声色ではなかった。


《――回収対象、確保する》


低く、冷たい“複数の声”が重なって聞こえた。


ミナモは震えた。


「誰だ……これ、レイじゃない……!」


レイの機体は問答無用で加速。

暴走するダイキの機体に“触れた”――瞬間、黒い粒子同士が共鳴し、ダイキの機体の動きが凍りついた。


《接続完了。同期率――99%》


レイ(ではない何者か)が、ダイキ機を拘束しながら言った。


《使わせてもらう…“鍵”を》


ミナモは咄嗟に操縦桿を握り直した。


「ダイキを……連れて行かせるわけない!」


追撃しようと前に出ようとした瞬間、レイの機体がミナモ達へ視線を向ける。


その目――ガラスの奥で誰かが覗いているような、冷たい眼光。


《邪魔を、するな》


重力の向きが歪むほどの衝撃波が走り、ミナモとレイの機体が引き剥がされる。

全身がシートへ叩きつけられ、視界が逆さまに回転した。


「レ……イ……やめ……っ!」


ミナモが叫ぶが、レイの機体は軽く腕を上げただけで、

空間そのものが波打つ。


圧力の壁が展開され、通信が一瞬で遮断された。

ブリッジのスクリーンがノイズで覆われる。


「通信が……全部切られた!?」

「妨害フィールド……まさか、個人で制御してる!?」

キョウスケが息を呑む。


その間にも、レイはゆっくりとダイキの機体の背後へ回り込んでいた。


《君の“核”は、とても美しい》


レイの声が、直接ダイキの意識領域に触れた。

次の瞬間、ダイキの瞳が見開かれ、叫びがこだまする。


「やめろォォォォ!!!」


だが、その声のすぐ後――

赤い紋様が全身に走り、

彼の機体がレイの制御光に包まれた。


《……もう抵抗しなくていいお前は、こちら側》


黒い亀裂が再び開き、レイはダイキの機体を抱くようにその中へ消えていく。

残されたのは、微かな残光と、ミナモたちの絶叫だった。


「ダイキーー!!」


だが返答はなく、通信チャンネルに残ったのは、

崩壊した神経波形の残滓――聖痕の“悲鳴”だけだった。


ルシアは崩れ落ちるように膝をつき、

掌の聖痕を押さえる。

その紋様が、赤黒く脈打っていた。

「――撃て、キョウスケ!」

ミナモが叫ぶ。

同時に二機のビームが交差するが、レイは一瞬で姿を消す。

残ったのは光の残滓だけ。


「な……消えた!?」

「違う、跳んだんだ……次元スリップか!」


空間が歪む。

次の瞬間、背後から衝撃。

レイの機体がいつの間にか回り込み、ミナモの機体を切りつけていた。


モニター越しに見える――レイの機体のコクピット。

中の彼の瞳は、真紅に染まっていた。


『干渉、排除。お前たちはここまでだ。』




ミナモは、息を呑む。

その言葉の奥に、一瞬だけ――

“本物のレイ”の声が混じった気がした。


『…………ミナモさん……』



(……レイ!?)


だがもう遅かった。

光の奔流が走り、空間が歪み、

音も、熱も、何も残らない。

ただ、空虚な星の瞬きだけが漂っていた。

その声は届かない。

ダイキの機体ごと抱え込むようにレイの機体が黒い裂け目へと沈んでいく。


ミナモの伸ばした手は、虚空を掴むだけだった。


「……レイ!!」


最後に聞こえたのは――微かに混じる、レイ自身の声。


《……ごめん……ミナ……モさ…………》


黒が閉じた。

残されたのは、切断された通信音と、空間の“傷跡”だけだった。




ミナモの手が震えていた。

その震えは、恐怖だけではなかった。


「……ルシア。あれは……レイなの?」


ミナモの胸の奥から、かすかな声が返る。

「……違う。あれは……“誰か”がレイを使っている」


「誰かって……誰?」

ルシアは、短く息を吐いた。

「――“中心”よ。聖痕を創った存在」

「……完全に“侵食”されてる」

ルシアの声が震える。

彼女の指先から聖痕の光が漏れる。

呼応するように、ミナモの心臓が痛んだ。



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