Rd.1 シンデレラ・パイロット
「おとうしゃんのカッコいいマシンにのって、いっとうしょーとる!」
笑顔で見上げる少年の声に大きな手が小さな頭を荒く撫でる
「そうかー!じゃあもっともっとカート上手くならないとなー」
頷く頭が握りしめた小さな手を空に向かって翳す。
無垢な瞳には空が流れていた。
ビー玉の様な曇が無いその目には陽の光が弾く様に煌めいていて―――
****
星空が見える空間の中で到着を告げる電子音。
夢から意識が一気に呼び戻す。
(午後16時…か。まだ夕方なんだなぁ)
近くに見えた時刻表示が教えてくれなければ
夜と間違えてしまいそうな感覚に
まだ慣れてない頭が溜息で誤魔化そうとする。
出発は確か数時間前だった筈…
そう眠る前に確認した時刻を目覚めたばかりで纏まりが無い思考の主は
予想していたより早い到着に困惑するしか出来なかった。
(懐かし…そんなの言ってたなぁ)
幼い記憶が流れた夢も混ざったままの頭に溜息つく。
世間には非公開で作られた飛行ルートは
地上から星空と同じ空間の場所まで到着する時間は
不思議な事にあまり掛からないらしい。
到着まで深く眠らされた所為で
堅くなった様な気がする身体を伸ばしついでに、
いつもある筈の通信機種を探すも見当たらず。
さまよう指先が動く中、そういえば滞在する間
いくつか私物は預けられているのをふと思い出し、「あ」の一言がこぼれた。
(ここに来るまでに更新しておけば良かったかな…)
いつも日記のように配信しているコンテンツが
暫く更新出来ない事を思い出し、
しまった。とナンジョウ・ミナモはまだ眠気が取れていない頭で
更新を怠った尤もらしい「理由」作りを探していた。
今シーズンの開幕前テストが終わったばかりと言うのに突然に決まった出撃依頼。
休まる時間が無く気が乗らないが…
地上のレースウィークと重なる前で
本当に良かったとミナモは気持ちを溜息でこぼす。
いつからだろうか…モータースポーツ界は
未知の生命体との戦闘に巻き込まれていった。
ミナモを始め…ロボットを扱う為の膨大なGへ適応出来るレーシングドライバーは
今や宇宙空間でパイロットとして巨大なロボット兵器に乗って戦う…
そんな現実が待っていた。
しかしこの事は未だ全て地上への混乱を避ける為、
一部の者しか知らない世界で定められた機密事項。
未だ多くの地上の人々は知らない空想の世界のままなのだ。
自分たちがパイロットとなり宇宙空間で戦っているなんて
平和に過ごしてる地上には無縁の世界。
地球上…特にアジア地域の防衛を受け持つ大艦隊の一つ、finesse…。
任務が解除される暫くの間はここで生活が始まる。
フィネス艦隊。
艦内のメディカルチェックから解放され出撃エリアに足を進めると
ミナモは初めて目にする艦内の光景に息をのむ。
巨大な機体たちが整備区画に並ぶ様子は、どこか地上のパドックを思わせる。
しかし、ここで行われるのは“レース”ではなく戦場だ。
整備区画に並ぶのは、戦場を翔ける巨大な機体たち。
だが彼の胸には、どこか「レースウィークのパドックに似ている」と
いう既視感があった。
(レースの準備と変わらない……でも、これから行くのは“戦場”なんだ)
鼓動が高鳴りすぎて痛い。
何処かしら湧き始めた緊張に知らない内に喉が渇く気がした。
チームメカニック、各チームの監督…。
先に到着したであろう他のレース関係者の顔もちらほら見え始める。
(大体は聞いていたけど…本当にここまで"一緒”なんだなぁ…)
見慣れた人々が着ているのはチームウェアと…
パイロットが着ている物は性能は違うものの
見た目は地上のレーシングスーツと変わらぬデザイン。
その方が精神的に良いらしく、
地上から来た面々は…各自着ているのもあってかここが艦隊内の筈なのに
出撃前とも思えない団欒さの様子が
地上のレース前の雰囲気と重なる不思議な感覚。
(ここが地上じゃ…無いんだよなぁ)
そんなミナモも同じように支給されたパイロットスーツを身につけているのだが
(最初がこれってなんだかなぁ…)
出来る事なら先に”普通の”レーシングスーツを着たかったと気持ちの隅で思う。
「ナモちゃん!」
周囲をぼんやり眺めていると
馴染みのある呼び名で背後から声をかけてきたのは、
幼馴染でチームメイトのオカモト・キョウスケ。
相変わらず人懐っこい笑顔で肩を叩いてきた。
「ぼーっとすんなよ。ここ、レース場じゃねぇんだぞ」
「……分かってるよ。でも、雰囲気が似てる気がして」
「そういうとこ、変わんねぇな!…ようこそ。フィネスへ」
幼馴染である彼が今シーズンから同じチームなのは心強かった。
「初めて来たけどさ…本当に凄いね…世界が違うっていうかさ」
「まぁね。でもここで生活してると思ったよりすぐに慣れるよ」
「俺もフィネスに数年で来れるなんて正直驚いたけど」
「けど…?」
「なんで俺がパイロットにってさ…」
「だってドライバーは高Gに強いでしょ?」
「そうだけど…みんなサーキットで見る人ばっかりだなぁって」
「それ、ナモちゃんだって同じでしょ?」
「だって自分でも同じドライバーって言うかパイロットになるなんて思ってなかったから変な感じ」
ざっくりと客観的な感想をこぼすミナモに
キョウスケも苦笑するしかなかった。
ミナモのレース遍歴は近年稀に見るもので、
普通自動車免許証があれば未経験者でも参加出来るレースアカデミーに
興味本位で参加したのをキッカケに、
階段を上るかのように国内レースカテゴリーへ
本格的にシートが僅か数年で決まったのだ。
突然現れては飛躍的なチーム入りに周りも年齢とタイミングが合えば
更に海外進出や上のカテゴリーとも言われていたが、
まるでお伽話のような流れや好奇な目に晒される事に
嫌気がさしていた本人はやる気が無く。
「今回のチームのシートついでにパイロットになるなんて聞いてないし」
「みんなそうだよ。俺だって突然言われて、拒否したら自分のシートが無くなるどころか」
「シートが欲しいなら戦えって…リスクの振り幅どうなってんだかね」
本人はやる気も興味も無かったのだか、
只…実家のカート場の経営が傾いていたのを助ける条件で
現在のチームシート=パイロットに決まった。
「お疲れさん。身体疲れてんか?」
振り向くとチーム監督のワシトミ・ジュンヤが居た。
元ドライバーでパイロット経験者でもある。
「はいなんとか…意外と早く着いたのでビックリしてます」
「狭いし寝れなくて…あんなんキツいわ」
「そんな事言って、ジュンヤさんも爆睡してるでしょ?」
キョウスケのツッコミにシーっ!と、
ワシトミは念入りに人差し指を立てる。
その時だった。
軽口を交わす三人の間に、鋭い声が割り込んだ。
「お喋りはそのくらいにして」
振り返ると、腕を組んだ少女が立っていた。
凜とした声色の先、ミナモ達と同じくチームパイロットの耐火服を身にまとった
少女がそこに居た。
「ようこそ。シンデレラパイロットさん?」
腰まで届く黒い長髪を靡かせ、
白いパイロットスーツを身にまとってもラインの細身がしっかりと分かる程の姿…
確か自分と年が近い…この人は――――
そう頭の中で検索していた間にも気づけば
ミナモの側に来ていた。
「あら。初めてにしては時空酔いしてないのね…」
珍しい。そうミナモの平気そうな顔色を見て
不思議そうに呟いた。
「?」
「キタガワ・アカリよ。今シーズンから私も同じクラスで走る事になったの。
宜しくね」
「…よ、よろしく」
グイグイ来るアカリに戸惑いながらも
ミナモは言葉を返した。
キタガワ・アカリ。
ミナモの記憶が正解ならば最年少でデビューした天才少女で
現在は海外と国内を行き来するレーシングドライバー…
確か父親も凄腕のレーサーだった。
そんな記憶を辿っているミナモを他所に
ワシトミが問いかける。
「キタガワは海外から直でこっち来たん?」
「ええ。タイミング悪い出動で開幕戦までの貴重な休み潰されたんだもの。
あいつらには倍の物理でお返しするわ」
笑顔で答えた。が、目が笑っていない。
誰に向けられたのか理解するも「こいつ怖いわ…」とワシトミは小声で呟く。
「まぁ、最初がキョウスケくんのチームだったら楽でしょうし」
「どういう意味だよ…」
アカリの意味ありげな言葉に触ったのか、
キョウスケの表情が曇るもアカリは平然な様子で。
「別に~ルゥは優しいからって意味よ」
(…ルゥ?)
聞き慣れない名前にミナモの脳内で首を傾げるも
「厳しいマシンAIも居るでしょ?あの人を認めるとか良くわからないけど…
あら、噂をすれば張本人様…」
「……死神が目を覚ましたか」
アカリが呟いたのにミナモは気付いた。
しかしその眼には先程の表情とは違い冷たい視線。
アカリの視線の先、黒いパイロットスーツを身に纏い、
二人の男が姿を表わすもミナモはその人物を良く知っている。
イナガキ・ハヤナ。
公平な判断で殆どのクラッシュに巻き込まれない
冷静沈着な堅実レーサー。
そしてもう一人のこの人は、
最速のベテランドライバー…テラダ・ヨウスケだ。
別名:ラップクラッシャー。
地上のレースでは予選で度々トップタイムを上書きする事で有名だ。
ミナモはテラダをこんなに近くで見かけるのは初めてで、
まるで有名人に遭遇したかの様な感覚になる。
すれ違い様、アカリはテラダにポツリと問いかけた。
「幹部級、イナガキさんが居なくても仕留めて下さるんですよね?不死身な死神様?」
(…死神様?)
どうしてアカリはこんな事を言うのだろうか?
疑問に思うミナモを他所にアカリは続けて答える
「またパイロット減らして開幕戦から皆に不審がらせないで下さいね…」
「やめろキタガワ…」
イナガキがアカリの言葉を止めようとした。が、
「そのつもり…また誰かを巻き込むのは嫌だからね」
テラダが口を開いた。が、視線はしっかりアカリを見ている。
「あ、貴方が居なくても私が仕留めますんで私のマシンの視界に入らないで頂けます?まとめて攻撃エリアになりかけそうだわ…!」
そんなアカリにイナガキが入り言って答える。
「……そんなに戦いたいのなら俺達は後方で援護するからキタガワは最先陣で出撃するか?総司令に伝えておくが…度胸はその位覚悟しているんだな?」
「……っ!」
イナガキの言葉にアカリは無言で立ち去った。
アカリの姿をワシトミは呆れて呟いた。
「ほんま。良く言うわアイツ…
ルートの適格者じゃないんやから乗れるワケ無いのに…」
「ルートに嫌われてるからってのもあるけどねー」
そんなキョウスケにイナガキが言葉を止める。
「キョウスケ、余計な事言うな。
乗りたくても適合出来ないから余計にテラダさんに乗られるのが嫌なんだよ」
テラダさんとアカリに何か大きな壁があるのは
どうしてだろう。と、地上のサーキットとは違い、
艦隊に来て知らない事ばかりのミナモは小さく溜め息付く。
後でこっそりキョウスケに聞いてみよう…
そう頭の隅で思う。
「ミナモもルゥに嫌われんようにがんばらんとな」
「あ、あのっ…」
おずおずとミナモは二人に問いかけた。
「すいません…ルゥやルートって誰ですか?」
ミナモの問いに、ああ…そういや知らんよなぁ。と、ワシトミ。
「付いてきぃや?集合前に会わせたる」




