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Rd.14 黒白の遊戯線



「せーのっ♪あそぶよーっ!」



宇宙空間に現れた要塞の門が爆音と共に吹き飛び、

カリスは笑顔のまま飛び出した。

漆黒と純白が渦を巻き、

巨大な海獣――空を泳ぐ鯱の姿に変貌する。

装甲は硬質でありながら滑らかな曲線を描き、

フリル状の板が光を受けて白銀に輝く。


尾びれは異様に長く、流線形の推進器が宙に光の軌跡を描き出す。

深海の女王が空を泳ぐような静かな威圧感と、致命的な美しさ。

聖痕さーがそっと♪ついでに遊んでいいって言ってたし♪』

無邪気な声が通信を震わせ、戦場の空気をねじる。

ミナモたちは大きな鯱の登場に息を呑んだ。


「ミナモ…キョウスケ、あれって…何…かなぁ?」

ルゥがそれに気づき、身構える。

「鯱…かな」

「シャチ…だな」


星々の海が割れる。

黒と白の潮が奔流のように広がり、その中心から巨影が姿を現した。

装甲のフリルが息づくように脈打ち、尾びれをひと振りするたびに空間が歪む。

周囲の破片が吸い込まれるように散り、閃光の余韻が夜を裂く。


「君たちだぁれ? 遊んでくれるの?」


シャチがくるりとミナモたちの方へ向いた。


「しゃべった!?」

「それとも…君たちが聖痕持ってたりするのかなぁ?」


巨大な鯱は、驚く間も無くミナモたちの機体に突っ込んできた。

紫の機体が鯱の巨体を受け止める。ハイドウとチハヤの機体だ。

「ハイドウさん!チハヤくん!」

「変なのがもう一体居るのか…ミナモ達はテラダさんの所へ行って援護を頼む!」

紫の機体を見たカリスが、嬉しそうに声を弾ませた。

「あっ!この前のおにーさんだ!んーとね、遊んでいいって言われてたんだよ?」

「そうか…なら俺たちが遊んでやる!」


カリスの尾びれが弧を描き、衝撃波が周囲の残骸を押し流す。

ハイドウたちの機体は青白い閃光を纏い、

制御限界ギリギリで衝撃を受け止める。

無数の粒子が散乱し、微細な光線が機体表面を撫でる。

ハイドウは内部の表示に目を凝らす。

粒子流による微弱な磁場変動、空間の歪み、機体への圧力。


「……こいつ、ただの機体じゃない……?」

チハヤは無表情で観測し、機体の応答速度と振動数を解析する。

「データが理論値を超えてる……反応が完全に規格外か…」

「くっ……じゃあ、どうすりゃいいんだ!」


周囲の戦場では、ほかの艦隊も緊張に包まれていた。

青緑の機体群はフォーメーションを組み、

尾翼の光を点滅させながら、カリスの海獣を囲い込もうとする。

しかし、黒と白の装甲が波のようにうねるたび、

光線は弾き飛ばされ、微細な粒子が遮蔽される。

赤と銀の小型機が急接近して斬撃を放つも、

尾びれの衝撃波に押し流され、軌道を乱された。

無人機の群れも、黒白の渦に吸い込まれ、光の粒子に変わっていく。


*********


同じころ、別の宙域では――。

モルヴェもまた、纏う深紅のドレスを映すかのように、

朱色に輝く巨大兵器へと変貌していた。

咆哮と共に虚空に咲くその機体は、

全身に展開した鋭い刃で光を反射し血のような赤を帯びている。

花弁のように広がる刃が旋回するたび戦場は紅い花畑のように染まった。


「フフッ……もっと、もっと悲鳴をちょうだい!」

朱の巨影は舞踏するように群れを切り裂き、

前線で待ち受けた機体を一撃で貫く。

狂気の女の笑いが戦場を塗りつぶし、

誰もその“舞踏会”を止められなかった。

その時、一筋の閃光が朱の巨影の側面を掠める。

赤いパイロットスーツを纏ったシライシ・レイの機体だった。


「へぇ……面白そうな獲物」

モルヴェの瞳が愉悦に細まる。

「貴方、ちょっと私と遊ばない?」

レイは答えず、機体を鋭く切り込ませる。

その背に宿るのは、先輩・ダイキとの誓いに反して溢れ出す闘志。

朱と赤の閃光が交錯する。

モルヴェの巨大な刃が薙ぎ払うが、レイは紙一重で回避する。

その動きの中に、彼女は“記録外の揺らぎ”を感じ取った。

ハイドウの機体にあった、あの異様な波動に似ていて。

「ククッ……やるじゃない。その震え、その焦燥!もっと見せて!」

モルヴェの笑い声が軌跡を裂き、無数の刃が光の弧を描いて襲いかかる。

レイは回避と反撃を繰り返す。背後の残骸が光を反射し、視界をちらつかせる。

さらに小型支援機が増援として到着するも、朱の刃に次々と弾き飛ばされる。

光の残像が重なり、戦場全体が混沌のキャンバスとなった。


**********


―― 一方、別の宙域。

「……こいつ、本気なのか!」

ハイドウが叫ぶ。操縦桿を握る手が汗で滑る。

隣席のチハヤは無表情のまま計器を見つめた。

「データの変動、興味深いですね。反応速度が理論値を超えてます」

「今そんなこと言ってる場合かよ!」

「言うべきですよ。あなたの反応も記録してますので」

カリスの声が通信を震わせる。


『ん〜? 本気ってなぁに? ねぇ、おにーちゃん達、これ――楽しいねぇ!』

海獣のヒレが開き、花びらのように輝く。

無数の粒子光が散弾のように降り注ぎ、

青白い小型機や支援機が吹き飛ぶ。

ハイドウが急制動をかけるも、間に合わず。

左腕が焼け落ち、警告音が鼓膜を突き刺す。

『あっ、壊れちゃったぁ……ごめんね? でも、ほら、まだ動けるでしょ? ねぇ、もっと遊ぼ?』

声には悪意がない。

ただ純粋で無邪気な高揚だけがあった。

子どもが玩具を壊して笑うような――残酷な喜び。

「遊びじゃねぇんだ、これはッ!」

ハイドウは叫び、推進機を最大出力にする。

青い光が尾を引き、機体が閃光の中を突き抜けた。

しかし、カリスの海獣は微動だにせず、

黒と白の装甲が波のようにうねり、衝撃を吸収する。

尾が振り抜かれ、ハイドウの機体が弾き飛ばされる。


周囲の支援機や小型機も巻き込まれ、光の粒子が戦場を舞う。

赤や青の機体が互いに避けようと旋回するたび、

衝撃波と粒子光が交錯し、宙域全体が乱反射する。

機体表面をかすめる粒子の閃光が、センサーに一瞬の誤差を生む。


「……制御限界だね、無理な出力は推奨できません。か…」

「だったらどうしろってんだ!」

「観察を続けます。あなたがどこまで“持つ”か、確認したいので」

『ねぇ、おにーちゃん。どうしてそんな顔してるの? そんなに楽しくないの?』

カリスの笑い声が、鈴の音のように無重力に響いた。

黒白の装甲が渦を描き、粒子光が機体を縫う。

“遊び”と“殺意”が同じ線上に存在し、周囲の機体は翻弄される。

それを理解した瞬間、ハイドウの背中を冷たい汗が伝う。

宇宙が光に満たされ、戦場は渦巻く粒子と衝撃波で満ちていく。

カリスは舞うように回転し、尾びれが描く弧が星屑を巻き込み、

周囲の機体を押し流す。


それは戦闘ではなく――遊戯だった。

『ねぇ、見ておにーちゃん! ほら、こんなにきれい!』

破壊された支援機や残骸は白い粒子に変わり、カリスの装甲が吸い込む。

尾がひと振りするたび、見えない波が押し寄せ、機体を包み込む。

センサーが狂い、視界が反転し、上下の感覚が消える。

「ぐああっ!!」

『あははっ、すごい声してる! 人間って、そんな風に壊れるんだねぇ!』

白い波紋が宇宙を駆け、星々を淡く染める。

その瞬間、全てが凍りついた。


「「……もうよい。遊び過ぎだ……カリス(モルヴェ)」」


二つの戦場に同時に響く声。

冷ややかで、深淵を思わせる声。

『……え……? この気配……貴方は……』

モルヴェの朱の機体が一瞬止まり、狂気の笑みが消える。

上位存在――“あの御方”の声が、戦場全体を制する。

ヴァルクの警告が脳裏を過る。

「壊すな。姫と聖痕を確保せよ。門は壊すな」

モルヴェは歯噛みし、刃を止める。

「チッ……」

遊戯の幕は強制的に閉じられた。

カリスも声の主に気づく。

『や、やだ……これ、本当に…………?』

無邪気な笑みが凍り、白と黒の装甲が乱れ、尾びれが後退する。

『ちょっと……ここまでにする! また遊ぼうね!』

怯えた獣のように退却し、

光の粒子が後ろに引きずられた軌跡を描く。


静寂。

チハヤの低い声が戦場に滲む。

「……チハヤ、お前の中に……何を飼ってやがる……」

「飼ってる? 違います。観察しているだけですよ。あなたも――彼女も」

星々の間に、得体の知れぬ影が潜む。

闇に溶けていくカリス。白と黒の光がまばらに散り、残像だけが漂う。

『……あの人……本当に、あの御方……?』

楽しさは、一瞬で恐怖に塗り替えられた。

「……でも、まだ大丈夫……私は……まだ遊べる……」

彼女は自分に言い聞かせるように呟く。

闇に消える直前、そこには一瞬だけ――孤独な少女の影が見えた。

『……うぅ、でも……あんなの、楽しかったのに……』

カリスは笑った。けれど、震えていた。

退却の軌道を取りながら、心に誓う。


――次は、もっと慎重に。

――次は、絶対に壊されないように。

それでも、“遊び”への衝動は消えなかった。

光の粒子が追いかけるように漂い、


背中は――美しく、恐ろしく、そして哀しかった。


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