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Rd.9 静寂のピットライン


「現時点で姫の聖痕は3体…間違いないか?」


要塞内。


高身長で細身の男――ヴァルクは、黒と深灰のスーツを纏い静かに立っていた。

銀色がかった肌は冷たく光り、整った顔立ちには感情の気配がない。

黒く石のように光る瞳だけが周囲を射抜き、足音も最小限。

一歩、また一歩と進むたび、空気は張り詰める。

微かに口元を歪めたその表情は、笑みではなく冷徹な観察の証だ。


「交戦した機体に聖痕反応は?」

「違ったわ。もし本物だったなら、もっと“楽しめた”はずよ」

彼女は笑みを崩さぬまま、あえてヴァルクの言葉に含みを残す。

彼女=モルヴェは肩をすくめ、踊るように歩く。

黒と深紅のドレスは身体に沿い、裾の薄布が床を這う。

胸元の細い鎖、大胆に開いた谷間、背中に浮かぶ赤い呪印。

片脚のスリットから覗く脚線、ガーターベルト状の鎖、鋭い爪先の手首。

揺れる赤い宝石のチョーカー…すべてが妖艶さと残虐さを兼ね備えている。

その微笑は甘く、しかし慈愛ではなく…

処刑前の余裕を楽しむかのような力を放っていた。

黒と深紅のドレスを揺らし、挑むように視線を投げかける。


「でも…少し退屈だったかしら。次はもっと刺激的な舞台を用意してほしいものね」

ヴァルクは動きを静かに見つめる。

甘美な誘惑も、残虐な遊戯も――彼の前では現実に過ぎない。


「今回の戦い、まずまずの混乱だったわね」

モルヴェは腕を組み、ドレスを揺らしながら微笑む。

「期待以上に騒がせてもらったけど…少し物足りなかったかしら?」

ヴァルクは淡々と答える。

「戦果は予測通り。ただし、聖痕の一部が暴走し始めたのは計算外だ」

黒曜石の瞳が静かに光る。感情は見えないが、冷たい威圧が周囲に広がる。


そこへ、跳ねる足音が割り込んだ。

「みんなー!暴走見た? すっごく楽しかったね★」

ぬいぐるみを抱えたカリスが無邪気に駆け込む。

スカートのフリルを揺らし、楽しげに回転する。

小柄で華奢な少女――カリスが現れた。

黒と赤を基調としたドレス風戦闘服にフリルとリボンが揺れる。

膝上スカートから覗く軽やかなブーツが同じく舞った。

無邪気さと戦闘力を兼ね備えた装いに、

ふわふわのぬいぐるみを抱えている。


「うふふ…今回もいっぱい遊べるかなぁ?」

ぬいぐるみを軽く揺らすカリスの笑みは天真爛漫だが、

瞳の奥には残酷さを楽しむ光が宿っている。

「でも二人だけずるーい!次はカリスも一緒に遊びたい~!」

ぷぅちゃんも遊びたいよねー!と、小さな体で跳ね

ぷうちゃんと呼んだぬいぐるみを振る。

その姿は無邪気だが、そのぬいぐるみはただの玩具ではない。

指先で操作すれば微細な光線や毒霧を放つ

小型装置――可愛らしさの裏に残虐性を隠すトリックだ。

愛らしい声と仕草の裏に潜むのは、純粋な残虐への渇望。

彼女の言葉は幼く無邪気だが、その場の均衡を意図せずかき乱していく。

「ふふ、カリスのそういうところ、本当に子供みたいね」モルヴェが肩を揺らす。

「子供? ちがうよ、カリスは立派なカンブだもん!」と、

即座に跳ね返すカリス。


そのやり取りを戯れは不要だ。と、ヴァルクは一瞥で封じた。

冷徹な声が、二人の空気を一瞬で凍らせる。

そのとき、フードをかぶったゼノスが影から進み出る。

「騒乱は想定内。だが情報網の乱れは見逃せない。次は我々が主導権を握るべきだ」

低く響く声に、広間の温度がさらに下がった。

「主導権? あなたはいつも数字と理屈ばかり」

モルヴェが小馬鹿にしたように笑う。

「戦いはもっと感情的でなければ…ねぇ?」

彼女が視線を流すと、カリスが「そうそう!もっといっぱい暴れたい!」と弾む

その無邪気な笑顔の奥に、純粋に暴力を楽しむ狂気が潜んでいた。

「……観測済みだ。聖痕との共鳴があった」

ヴァルクは感情なく告げた。

「三では足りぬ。…“門”を開くには、四つの聖痕が揃わねばならぬ」

「ふふ、揃えばどうなるの?」モルヴェが挑発的に視線を流す。

「姫自身が…器になる」ヴァルクの声が冷たく響く。

「うつわ?じゃあ、こわしたら全部おしまいになるの?」カリスが無邪気に跳ねた。

「駄目だ」ヴァルクが一瞬だけ声を強める。

「壊せば“門”は開かない。あの娘は生かしたまま、完全に堕とさねばならぬ」

その言葉に、広間が一瞬静まり返った。

「……なるほど。だからこそ、護衛がついている…と」

影からゼノスが進み出る。

「人間の戦士たち、特に“あの男”の動きは想定外だった。

 姫を守る者――あれはただの駒ではない」

ヴァルクの瞳が一瞬だけ細くなる。


「へぇ、つまり放っておけないってことね…邪魔者は多いほど楽しいじゃない」

モルヴェが愉快そうに笑う。

カリスはぬいぐるみを揺らしながら無邪気に言う。

「んじゃあ次は、カリスとぷぅちゃんがそのニンゲンと遊ぶ!…もし壊しちゃったらごめんね?」

ゼノスは影のように立ち、静かに口を開く。

「感情は戦略を狂わせる」ゼノスは冷ややかに切り捨てる。

「だが…利用する分には構わない。次は暴走個体を囮に、敵の士気を崩す。モルヴェ、カリス、前線は任せる」

挑発的な笑みを浮かべるモルヴェ。

「ふふ、私たちの舞台が再演するのね」

跳ねて喜ぶカリス。

「やったー!ぷぅちゃんも大活躍だよ!」

だが最後に、と、ヴァルクの冷声が全てを制した。

「忘れるな。我々は“仲間”ではない。

楽しもうが、争おうが、結果を確実に得る者だけが生き残る」

最後にヴァルクが冷たく告げる。

「楽しむのは勝手だ。だが――必ず“姫”は我らのものとなる」

モルヴェの艶笑、カリスの無邪気な笑顔、ゼノスの冷徹な視線。

そのすべてを束ねるように、要塞の空気はさらに重く、冷たく沈んでいった。

四人の幹部。

互いに利用し、牽制し合いながらも、同じ戦場に立つ。

その歪な均衡こそが、彼らの力の源だった。



**************



ハイドウは病院の廊下を歩き、静かに病室の扉を開けた。

白いシーツに包まれたマキタは、包帯こそ巻かれていたが、

目はしっかりとこちらを見据えていた。

「マキタさん……大丈夫ですか?」

「おう。医者も言ってたよ。次戦には間に合うそうだ」

その言葉にハイドウは胸を撫で下ろす。

クラッシュでマシンは大破したが、ドライバーを守るモノコックのおかげで

致命傷は避けられた。

順調に回復すれば、予定より早く退院できるはずだ。

だが安堵の直後、ハイドウは思わず口をつぐみ、そして小さく頭を下げた。

「……すみません、マキタさん」

「ん? どうした」


謝罪に首を傾げたマキタは、少し考えるように目を細め、それから苦笑した。

「ああ、あの時のことか。戦闘で俺を守れなかったってやつだろ? いいさ、気にするな」

「えっ……」

ハイドウの瞳が揺れる。

(……記憶が、すり替わってる?)


「俺も判断が遅れたからな。あの時お前がいなかったら危なかったからな…助かったよ、ありがとう」

そう言って笑うマキタに、ハイドウは返す言葉を見失った。

その時の記憶は、マキタの中で「改ざん」されている――

そう確信した瞬間だった。

しかし穏やかな笑みは、まるで感謝が本心であるかのように自然だ。

薬の効果か、それとも彼が意図的に演じているのか。

ハイドウには判別がつかなかった。

「テラダの機体も突然暴走したらしいし……全員で戻れて、本当に良かったな」

「……はい。ええ、本当に」

自分でも強張っていると分かる笑顔で返し、

ハイドウは胸の奥の不安を押し隠した。

「お前も疲れてるだろ。戦闘もレースも……今日は帰って休め」

「そうですね……では」

扉が閉まり、廊下に足音が遠ざかっていく。


やがて病室に一人残されたマキタは、しばらく天井を見つめていたが――

ぽつりと、吐息に混じるように呟いた。

「……ごめんな、ハイドウ」

それは無意識の独白か、あるいは意図的な告白か。

小さく、誰にも聞かれぬように呟く。

「お前が一人で抱え込まなくてもいいんだぞ……」

小さな声が消えた後、病室には機械の電子音と時計の針の音だけが残った。

どちらも淡々と時を刻むが、それがかえって彼の孤独を浮き彫りにしていた。

マキタはそっと瞼を閉じ、聞こえないはずの誰かの声に耳を澄ませるように

微かに息を吐いた。


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