表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/23

Rd.0ープロローグー 残響のスタートライン

星空の空間にある戦場には冷たい風と

硝煙の匂いが流れて来そうな空間が渦巻く。

コクピットに座るパイロット、テラダの指は微かに震え、

胸の奥の期待と不安が静かにぶつかり合っていた。初陣だ。

座席に縛られたテラダの手は操縦管の上で細かく震えていた。

胸の奥にあるのは夢に見た昂ぶりと、それを押し殺す程の恐怖。

鼓動は耳の奥で鐘のように鳴り続けていた。

そんな隣にはパートナー、キタガワが無言で座る。

視線は計器盤に落ち、呼吸だけが響く。

「やれるか?」と問いかけることも、

互いに答えることもなかった。

ただ、静かな覚悟だけがそこにあった。



「…硬ぇぞ、新人」



表情を見たキタガワが笑うもテラダは強張ったままで。

「スミマセン…模擬訓練をあれ程やったのに緊張してます」

「肩の力抜け、テラダ。走るのも撃つのも似たようなもんだ」

出撃開始なんてスタート前のシグナルか消える瞬間を待つ様なのと同じだ…などと

レースに例える姿はやっぱり地上の職業柄だとテラダは思った。

「それに今回は予想では数が少ないと聞いている。初陣にしては丁度良い」

戦闘態勢に入ったこのマシン以外にも他の仲間の機体が居る。

大丈夫。訓練も自分が納得するまでやったんだ。やれる。

そこに油断があった。


戦闘に入った視界の端で、テラダとキタガワが進む姿を追う目に

微かな緊張が走った。

通常の訓練で想定していたレベルを遥かに超えている事に

焦りが胸を締め付ける。

敵機の軌跡がコーナーを攻めるラインのように迫る敵影が視界を横切る。

圧倒的な数の敵影。数と質は予想を超え、戦況は瞬く間に混乱する。


「どうしたんだ?思ったより数が多いぞ!ルート!何機いる?大まかでいい!」

「予想より1000は超えているようです」

「1000?最初は500だったはずだろう?」


オペレーターAIの答えにキタガワが叫ぶも

敵の容赦ない攻撃は苛烈で、機体の振動が骨まで響く。

周囲の隊員たちも戦いながら、次々と被弾していく。



「緊急事態!空間地点α1524°編成がほぼ壊滅!繰り返す!ほぼ壊滅!」



敵陣の数が少なくなり…

このまま作戦が成功する筈だったのが一転して、

今回の作戦に出撃していた陣営が突然に

僅かな時間に殆ど消えてしまったのだ。

出撃している機体の表示位置を示す点が一気に消え…



「指令官!これは一体?」



待機室に居たパイロットのワシトミは

緊急のアラーム音に驚いて駆け寄っては

自分のチーム指令官に問いかけていた。

「分からん…急に新しい敵が現れて今は…これだ」

「…っ!」


その間にも…艦隊にある総合の指令室の電子MAPに

リアルタイムで起こっている戦闘が視界に入り

言葉を詰まらせる。


「…どうして?向こうの編成は手慣れたパイロットを多く出撃させたんじゃ…」

「大玉が来ないと思って甘く見ていたんだろう。オペレーター班、機体への無線は?」

「コチラの声は聞こえる様ですが…応答がありません!」



司令室に大きく表示されていたMAPには

最近から見覚えがある名前を見つけたワシトミは

嫌な予感が的中して目線をすぼめた。



(アイツがやっぱり乗ってたか…)



サブパイロットで初出撃だったあの人物の名前が赤く点滅している。




それにあの機体のメインパイロットは

ベテランのキタガワ。

何時もの戦闘なら負ける訳が無い筈だ。何時もの戦闘なら。

しかし、その機体を示す点が複数の敵から逃げているのが分かる。

上手く敵陣から回避しているものの…

敵に運悪く相手になった他の機体は直ぐに――



『またロスト!2体!…否、4体です!』



(俺より先に死ぬとか…勝手な事させるか…)

そう思っていたワシトミの記憶にふと…




格納庫の端に眠っていた一機。

埃だらけで誰も見ていないあの青い機体。



格納庫に設備されていた機体の中で…

隅っこに置かれていた四足駆動が一機。

他の機体は二足歩行な作りなのに、この機体だけはまるで…

獅子の様な形をした青いマシンがそこに居た。



「あ!チョット君っ…!」



近くで整備をしていたメカニックの声にも気に留めず

ワシトミは青い獅子を見つけるや

近くの梯子を伝い飛び乗った。



(行け…っ!)



目の前のスターターコントローラーを思い切り掴み引き、

出撃モードに入った機体は本物の獅子の様に一声吠え…

機体に繋がれていた保護用のコードチューブを全部力任せに解くと

格納庫から一気にそのまま宇宙空間へ飛び出していった。



******


外では、仲間の機影が一つ、また一つと光に呑まれて消えてゆく。

無線には断ち切られた声が断片的に混じり、

それすらやがて雑音に溶けた。



(囲まれた…?)


――圧倒的な数の敵影。


大型敵機に包囲されていた。

「幹部級か…こいつはやべえな…」

敵機の大きさから理解したキタガワは苦笑した。

残り体力は僅か。逃げるしか無い。

よりによって大型敵機が目の前に居る。

その赤い光が一斉に機体を照らし出した瞬間、

キタガワが口を開いた。


「しょうがねぇ…テラダ…悪い」

「悪いって…どういう」


「ルート。サブを遮断。テラダを全保護に」

「了解。サブコクピット全保護につき通信遮断。メインのみ操縦可――」


冷ややかな命令と同時に、

キタガワが機体オペレーターを名前で叫ぶと

メインとサブのコクピットに隔壁が瞬時に生まれ

テラダはメインの操縦席が見えなくなっていた。



厚い隔壁が音を立てて降りる。



「コクピット遮断って…キタガワさん…?」

「お前は守る…だから大丈夫だ」

これはまるで…テラダに嫌な予感が走った。

「駄目だ…駄目だキタガワさん!開けて!開けてくれ俺も――ルート!やめろ!」

「――後は頼むな…テラダ」

「待ってください! キタガワさん!俺も戦えます!」


必死の声は金属に弾かれ、自分に返ってきた。

拳を叩きつけても、壁は動かない。



隔壁の向こうで、キタガワは写真を取り出す。

女の子だろうか…赤色灯に照らされた幼い笑顔。

それは光に揺れ、涙で滲んでいく幻のようだった。

一枚の子供の写真を手に操縦管を掴みなおす。



「……悪いな。約束、守れそうにねえや」



写真を胸に押し当てると、彼は操縦桿を強く握った。

震えはもうない。



やがて――静かに。

壁越しにひとつの声が届いた。



「……お前は、生きろ」



その言葉は、刃のように短く、そして温かかった。

テラダが壁の向こうで叫ぶ声が聞こえるが

キタガワの声が途切れテラダの空間に光が弾けて。

「閃光」と「断末魔」が視界を覆う。




敵影の群れへと、ただ一直線に――。



「やめろ! やめてくれ!」


テラダの声が、厚い壁に吸い込まれていく。

返事はもうなかった。




閃光。


轟音。


すべてが飲み込まれた。




敵の攻撃に飲み込まれた筈のテラダは

コクピットを遮断保護されて無事だった。

ただ無事な自分を噛みしめる暇もなく、

仲間の名を叫び続けるしかなかった。




混乱の中、テラダ達のマシンに到着したワシトミは即、

時間が止まったかのように焼き付いている。

彼が見たのは「仲間の無惨な残骸」だけ。

ワシトミが駆けつけたときには、すでに遅かった。



「間に…合わなかった」



戦場は無秩序な音と光で満ちている。

仲間の叫び、金属の焦げる匂い、爆炎の熱、機体の警告音。

星明りに照らされた破片が静かに漂っていた。



テラダの視界には、まだ戦っている隊員たちが映る。

ある者は機体の損傷で必死に操縦し、

ある者は逃げ場を求めて必死に旋回する。

誰も彼もが、命の重さを押し殺し、戦うことに全力を注いでいる。

テラダはその光景をただ見つめ、胸の奥で静かに自分を責める。



「どうして…自分だけ――」



戦場は徐々に静まり、残された者たちが互いの無事を確認しながら、

帰還の準備を始める。

テラダはコクピットの窓越しに星空の空間を見上げた。

言葉は出さない。出せない。胸の奥で押し殺された罪悪感だけが重く、

静かに沈んでいく



戦場から戻ったテラダは、艦隊の整備区画に立っていた。

機体の点検や修理の音が周囲に響く中、

彼の耳には誰の声も届かない。遠い世界の音のようだった。



テラダは深呼吸をして、押し殺していた感情を自分の中に閉じ込める。



「俺が…もっと早く…」



声にならない呟きが、静かな整備区画に吸い込まれていく。

彼は目の前の機体に手を伸ばす。


手の感覚は確かだ。機械は正直に答えてくれる。

テラダの胸の奥には、静かに、けれど確実に罪悪感が沈殿している。

帰還したテラダは、暗いコクピットの中で身じろぎもせず座っていた。

操縦桿を握る手は、まだ戦場に取り残されたかのように固く、震えている。



瞼の裏には、光に呑まれて消えた機影が焼きついていた。

最後に届いた声は、短く、途切れた。



「……守る……」


それだけだった。

それだけを残して、彼は消えた。



「……俺のせいだ」



かすれた声が、狭い空間に落ちる。

しかしすぐに飲み込み、深い息で押し殺す。

声を上げることも、涙を流すことも許されない。

自分が生き残ってしまった以上、そのすべては己の責だ。

胸の奥に重石のような痛みが沈む。

それを振り払うように、テラダはただ目を閉じ、

静かに拳を握りしめた。

ただ一人、生き残ったテラダの胸に残ったのは、

決して消えない傷痕だった。

残されたのは、宇宙に漂う無数の残骸と、

遠くからそれを見守る僚機の眼差しだった。


ワシトミの視界には、星明かりに照らされた破片が散りばめられ、

まるで夜空そのものが涙を零しているように映った。



やがて、無線に混じる嗚咽。

それはテラダの声だった。


「俺のせいだ……俺のせいで……」


掠れ、震え、虚空に吸い込まれてゆく。

――残響だけが確かにそこにあった。



胸の奥にこびりつく痛みとして。

生き残った者の証として。



そしてその響きは、いずれ次の世代のスタートラインへと渡されるだろう。

血と涙で刻まれた、取り返しのつかない始まりとして。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ