第10話「黒衣の実況者」
「――さて、本日のメインイベントです!」
突如、会場に響き渡ったのは甲高く、それでいて艶めいた声。
空中にホログラムが展開され、そこに映し出されたのは、漆黒のスーツを纏った謎の女だった。
「実況はわたくし、クロエ=ナイトフォールが務めさせていただきますわっ!」
一同ざわつく。
この女――バベル・トーナメントの運営でも審判でもない。
それどころか、誰も「いつからここにいたのか」を知らない。
だが、彼女はマイクすら持たずに観客全員の耳に語りかけていた。
まるで――脳内に直接響く“声”のように。
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「君がカイ=アルト……ですね。ずっと見てましたわ♡」
「……誰だよ、お前は」
「わたくしは“観測者”にして、“演出家”。
あなたの物語、どれほど美しく終わるのか――この目で確かめに来ましたの」
「いやいや、参加者じゃないなら帰れよ。邪魔すんな」
「うふふ……ですが、参加者として登録されておりますのよ? 今から“演者”として、全力で潰します♡」
……えっ、マジで?
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【DUEL START】
クロエ=ナイトフォール
▶ LP:4000/観測・実況型《演出殺し》デッキ
カイ=アルト
▶ LP:4000/選択・逆転型《覇王封入》デッキ
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「では、開幕はこのカードから♪」
▶ 《舞台開幕》:相手の行動すべてを“実況中継”し、次ターンに“強制再演”させる
▶ 《観測者の視線》:相手のドローを即座に見抜き、その結果を全員に周知
「さぁ、引いてご覧なさい。“それが本当に意味ある一枚かどうか”、わたくしが判定して差し上げます♡」
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(くそ……引く前から手の内がバレるなんて、こんなやりづらいデュエル初めてだ)
クロエのデッキは“実況”と“観察”に特化した構成。
相手のドロー・手札・選択肢すべてを記録し、
その中で“もっとも美しくない”行動を封殺する。
つまり――選ぶ自由を“見られること”で縛ってくる。
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「人は見られると、選べなくなるのです。
あなたの“選択”は、わたくしの手のひらの上♪」
「ふざけんなよ……誰が、他人の拍手のために引くかよ!」
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俺はデッキに手をかける。
(見られても、読まれても、怖くない。だって――)
「俺のデッキには、絶望なんて入ってねぇ」
ドロー!
▶ 《覇王の始祖》
実況が止まる。
クロエの視線が一瞬だけ揺れた。
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「オリジン……あなたが、それをここで……?」
「“見られても引く覚悟”がある奴にしか、このカードは応えねぇんだよ」
クロエのフィールドに展開されたカードたちを、オリジンが一瞬で切り裂く。
観測も、実況も、もう意味をなさない。
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【DUEL END】
勝者:カイ=アルト
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静寂が戻った会場で、クロエは小さく拍手を送った。
「ふふ……美しい。“見られてもなお選び続ける意思”。とても、鮮烈でしたわ」
「もう観客に戻るのか?」
「いえ。演者として敗れたからには、次は“あなたの物語を伝える語り部”として尽くしますわ」
そう言って、クロエはフィールドから消えた。
まるで“舞台の幕が静かに閉じる”ように。
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「誰に見られていようが、俺は選ぶ。“選ぶ自由”は、誰にも奪わせねぇ」
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第11話「楽園の門番」へ続く――