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さあ、Vtuberになろう ――まずは基礎知識――

第二話です。

できたらこの頻度では更新できたらとは考えています


 シウから告げられた“Vtuber”という、新たに現れた聞いたことのない単語にヴィスは光が透ける体をフルフルを揺らす。


「ぶいちゅうばぁ?」

「そう、“Vtuber”! 知ってる?」

「異世界のモノなのに知ってるわきゃねぇだろ。てか、もろもろ含めてイチから全部説明してくれ」

 

 当然のことを言ったにもかかわらず、心底不思議そうな無垢な瞳で首を傾げるシウを促し情報共有を求める。巻き込まれてしまった以上、ヴィスが優先するべきことはいかにしてヴィス自身の負担を減らすかだ。今後なにをさせられるのかは皆目見当もつかないが、知らないことをやれと言われるのと、知っていることをこなすのとではわけが違う。それが世界レベルで未知のもの相手ならばなおさらだ。目の前にいるシウ(狂人)ならばともかく、どこにでもいるレベルの知識しか持ち合わせていないヴィスでは別世界の技術などわかるわけがない。


「イチから説明って言われてもなぁ。自分でもまだしっかり理解してるわけじゃないし」

「それでもなにも知らないよりはマシだろ」

「まあ、たしかにそうか」


 シウは仕方ないとでも言いたげに頷き、ヴィスが求めた通りイチから――それこそ別の世界との出会いから――語り始めた。

 

 今から二、三週間ほど前のこと。その日、特に予定もなく退屈に飽きていたシウは暇つぶしがてらに既存技術を展開しては消してを繰り返していた。事件が起こったのは火を灯す補助術から始まったそれが映像窓になったとき。誤って術式の一部を書き換えてしまったという。

 ここまではよくある話だ。むしろまだ習いたてで技術が覚束ない者ならばよくやるなんら珍しくない事故である。ただこの日違ったのは、書き換えられた術式が暴発や不発に終わることなく、これまでに見たことがない挙動をし始めたことだ。

 見知らぬ動きを示したそれに、暇に殺されそうになっていたシウが食いつかないはずもなく。なにが起こっているかをちゃんと理解しないうちに、好奇心の赴くまま術式の改変を繰り返した。数日にわたる格闘の結果、一瞬のノイズを走らせるだけだったものが徐々にその時間を増やし、ついにはノイズ交じりながらも映像を表示するまでに至った。それだけでもシウにとっては興奮を隠せないものだったのに、よくよく目を凝らしてみるとその映像に映っていたものはこの世界ではただのひとつとして見たことがなかった。

 これはとんでもなく面白い状況になっている。シウは直感的にそう確信し、さらなる術式の改変に望んだ。

 そうして、時折ノイズが走るものの普通に見られる程度には明瞭な映像を映し出すことに成功し、加えて音声まで聞ける状態にできたという。

 しかしシウがその程度で満足するわけがなく。映像のみならず音声まで聞けるようになった時点で、今度はこの映し出されている見たことのない場所がどこなのかを調べ始めた。

 専門の術式を使って映像窓を映す投影画面から逆接的に辿っていき繋がっている先の未知なる土地を突き止めようとしたのである。しかし、本来であれば投影画面用の術式が展開されている地域が示される場所が空欄で返されたらしい。もし探知阻害をしているのであれば空欄ではなくエラーが返されるはずであり、空欄とはすなわち“存在しない”ことを意味する。


 知らない景色。

 知らない生き物。

 存在しない場所。

 

 シウの脳裏によぎったのは、自身にも関わり深い、娯楽として消費されるだけの物語の数々。

 別の世界と繋がったのだと確信に至るにはそれらだけで十分だった。


 それからというもの今度は術式ではなく繋がった先の世界に探求の牙が向き、術式の一部をわずかに変えることでほかの映像に繋げられることを発見してからは寝食を忘れて調査に没頭した。そうして様々な映像を見漁るうちに、それらが“動画”や“配信”と呼ばれるものであり、自分もこれがしたいと思うようになったという経緯らしい。


 楽しげに語られたシウの話を聞き終えたヴィスは神妙な面持ちで口を開く。


「なるほどな。それで、“Vtuber”ってのはなんなんだ?」

「んー、なんかそういう集まり? グループ? いや、種族、みたいな感じっぽい。バーチャルYouTuberの略語で、こういう動画とか配信してる分類のひとつだって」

「ふーん、なるほど?」


 わからん、という言葉を飲み込んでヴィスは軽く頷く。


「経緯はわかった。それでなんでまたその、Vtuber? とやらにしようと思ったんだよ。シウの言い方的にほかにも同じようなことができるモンもあったんだろ」

「した、というよりも、それしか選択肢的に残らなかったというか……」

 

 シウ曰く、やってみたいと思い立ったその日に改良を加えた映像窓を使ってこちらの映像を向こうに見せようと試みたらしいのだが、どう頑張っても接続途中で切れてしまい失敗してしまったらしい。こちらには移せているのになぜかと原因を探ってみたところ、どうもこちらからの映像を見せようとするとその過程で強い阻害がかかるようで今のままでは無理だと悟ったという。


「そこで目をつけたのが“Vtuber”って呼ばれてるものだ」


 こちらのものをそのまま映すことができないのならば、こちらの動きを阻害されない形の情報に変換したのち、向こう側で再構築、もしくは情報を反映し再現するモノを用意すればいい。都合のいいことにあちらで“バーチャル”と呼ばれる領域はありとあらゆる世界の緩衝地帯(バッファー)になっているようで、そこに届かせるまでならばシウでも可能らしい。つまり、バーチャルの領域に情報を出力できれば、後はあちらで見せる器を用意して情報の再構築と反映を行うことで、本来は映像として映らないシウたちでも別の世界に向けての活動ができる。


「そういうわけで、Vtuberならって結論に至ったってワケよ」

「まあ。原理やらなんやらかんやらはわかんないけど、なんとなく理解したわ」


 したり顔を前に目を細め背もたれに体を預ける。ヴィスは与えられた情報を八割も理解できないまま苦い顔のまま呑み込み、それで? と返す。とりあえず事の発端と背景についてはわかった。次に必要なのは手伝い内容だ。なんでもかんでも“やってくれ”と頼まれたところで全てを実現できるほどヴィスは器用ではない。こと今回の件については専門技術的な部分が多く絡んでくるため、むしろできないことのほうが多いだろう。

 もちろんシウもその辺は理解している。決して短くはない付き合いの中で、ヴィスのできることとできないことの区別などわかって当然だ。……分かっていると、思いたい。


「ひとまず、ヴィスにやってもらいたいことは主にサポートかな。今日みたいに時間になっても起きてなかったら起こすとか、予定の管理とか……」

「いや、ガキじゃねぇんだし寝坊くらいはいい加減になおせよ」

「え、無理。特に朝はムリ。あ、あと相談にも乗ってほしい。ヴィスなら相談したことに対して別の提案とかしてくれるだろ?」

「動画とやらについてすらもよく知らねぇのにか?」

「そこはこっちも一緒。これから知ってくから問題ナシ!」


 ため息交じりの声に対しシウは清々しく言い切る。そこに心配や不安の色は一切ない。一点の曇りなく預けられた信頼に目を逸らし、細波立つ体表に気づかないふりを続けて次の話を待った。


「ま、とりあえずは何事もやってみようってことで! 早速だけど、ヴィスに最初のお仕事でーす!」

「はい?」

「これから始める活動を、手軽に向こうに知ってもらうにはどうしたらいいと思う?」


 シウがパチンッと手を合わせて小首をかしげる。ヴィスは急に投げられた問題に怒りを覚えるよりも早く、今までで培った反射で問題解決のための思考が回し始めた。シウは言い出したら聞かない。ならさっさと用事を終わらせるのが解放の最短ルートなのである。

 

 こちらから干渉できる領域がバーチャルとやらの部分だけである以上そこを使う以外に方法はない。現状のヴィスにはそのバーチャルとやらがなんなのかほとんどわかっていないが、ありとあらゆる世界が交わる場所でこちらの存在を広げることができれば、シウのいう“向こう”のみならずほかの世界とやらにも知ってもらう可能性は生まれるだろう。

 では、なにを使う? 少なとも映像は避けるべきだ。知ってもらいたいものが映像だからそこは後でも確保できるし、そもそも映像を動画とやらに作り直す技術が覚束ない今の状況で採用するべきじゃない。ならば音だけならどうか。これもいったんは避けるべきだろう。実験の一環として試してみるのはアリだが、一見しただけでなにか分からないものメインに据えたところ聞いてみようという意欲は湧かない。それが得体の知れないものならなおさら。まあ中には未知に突撃することを生きがいとするシウのような例外も一部にはいるが、基本は未知を避けるのが生物だ。そうれに、そもそもとして音声のみを届けらるのかを確認する必要がある。

 

 一目見て内容が分かるかつ広がるもの。


「……こっちの文字はそのままでも向こうでも伝わるのか?」

「あー、多分だけど大丈夫だと思う。向こうの文字も普通に読めるのあったし」

「なら、その動画があるところみたいに、動画の代わりに文字でやり取りできる場所はあるか?」

「あったらどうする?」

「まずはそこで宣伝して知ってもらうのがいいんじゃないか? 向こう用に文字を変更しなくて済むなら手間はかからないだろうし」

「なぁるほど? やっぱ文字(それ)になるよなー」

「いや、答え出てるなら聞くなよ」

「いやいや、こうやって他人の意見を聞くことが大事なんよ。自分じゃ考えもつかなかった意見が聞けるかもだしな」

「そーかよ」


 ひとり納得したように頷いたシウは物知り顔で再びヴィスが見たことのない術式を展開させる。いままで流れっぱなしになっていた映像が一瞬で掻き消えたかと思うと、次の瞬間には真っ白の投影画面の中央にいくつもの文字の塊が規則正しく浮かび上がった。


「今のところ、目をつけてるのはこれかな。文字、というか文章を共有できる場所。一度で打ち込める量には制限があるけど、とりあえずは問題にならないと思う」

「……相変わらずお早いことで」


 シウの手の速さに、もはや呆れ以外の感情を抱かない。もう決めているなら聞くな、という怒りは持つだけ無駄だ。こいつはこういう生き物など諦めて椅子の上で体を伸ばしシウの手元を覗き込む。

 シウが下から上に指を動かすごとに中央に映る文章の塊は変わっていた。一目でひとつの内容としてまとまっていることがわかるし、表示されている文字も問題なく読める。これならば、映像を動画とやらに変えるよりも手間はかからないだろう。


「使い方は、この空いているところに普通に文章を入力してから、右下のところを選択するだけでイケるっぽい」

「へー。思ったより手軽だな」

「ホントにな。ってことでヴィス、準備はしといたから後はよろしく」

「……はぁ?」


 術式はこれね、と先程見たばかりのものが紙面に描かれてヴィスの前に差し出される。続けて、勝手に展開された術式により表示された投影画面にはシウの手元にあったもの――https://x.com/shiu_ryoun――がそのまま表示された。突然置かれた立場に理解が追いつかず、ぽかんと口を半開きにしてシウを見上げるヴィスを気にすることなくシウは話を続ける。


「なに書くかもヴィスに任せるよ。今のところ特別共有したいことはないし。本格的に使い始める前にいろいろいじって慣れといて」

「…………は? オマエ。はぁぁあ!? ガチで言ってんのか!?」

「トーゼン。ヴィスならできるっしょ」

「ふっざけんな! 手伝うとは言ったけど、知らんものをゼロからオレだけでやるなんて無理だ!」

「大丈夫、ダイジョーブ。自分も映像の編集とかなんも知らないから。ゼロからやるのは二人とも同じだって。一緒にがんばろーぜ!」


 シウは目の前に広がる未知の世界に踊る心を一切隠すことなく瞳を輝かせる。ヴィスの当然の反抗は好奇心に黙殺されてシウに届くことはない。

 

「明日から楽しみだな!」


 破顔一笑。喜色に染まった鶴の一声によって、ヴィスの目論見は砂の如く崩れ去ったのだった。



 

お読みいただきありがとうございます。

よろしければブクマ、コメント、評価、どれか一つでもいただけると幸いです。


また、こちら【https://x.com/shiu_ryoun】も気になりましたらフォローいただけると嬉しいです。

作品と合わせて楽しんでいただけるよう頑張ります。

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