トワとアルミラ
――俺はアルミラを連れて、トワのいる病院に向かった。
病室に入ったとき、アルミラはトワと軽い挨拶を交わした。
「話せて光栄だ、玉山トワ」
スカートの左右の裾をつまみ、アルミラがカーテシーのポーズをとる。
「貴様のことは、令兄にして令弟のコトブキから伺っている。余は、アルミラージュ・ムースクイーン。アルミラと気軽に呼べ。光が好きで暗闇を弱点とする変わりダネのヴァンパイア。なお、血は吸わん。こたびの『光と闇の入れ替わり事件』の犯人でもある。友達になろう」
「なろう!」
……いいのか、トワ。それで。お兄ちゃんとしても弟としても心配なんだが。
ともあれ三人とも、病室のなかでパイプ椅子に座る。
アルミラの格好は、いつもの首輪、ノースリーブのブラウス、アームカバー、太ももの一部を出したティアードスカート、ニーハイブーツ。
俺は白のカットソーにねずみ色のテーラードジャケット、ジーパン。
トワは小豆色のジャージ。長い髪をツインテールで結び、根もとはシニヨンでまとめている。
今回、俺は置物同然なので、やや椅子の位置を後ろに下げる。
女の子同士で隣り合う状況。トワの右膝とアルミラの左膝が、ぎりぎりふれそうなほどの距離。相互の椅子は背もたれにいくに従って、隣のそれとの間隔を少しずつあけるように斜めに配置されている……。
タブレット端末で電子書籍をチェックするフリをしながら、俺は二人の様子を観察する。
自己紹介のあと、先に動いたのはトワ。
「ねえねえ、アルミラちゃんは、どんなきっかけでコトブキと知り合ったの?」
「余が起こした事件についてのナマの声がほしくて、こちらからアプローチをかけたのだ」
……アルミラが、騒がずに話題を受ける。
「会ったのは、ちょうど、この病室だよ。ついでにベッドで寝ている貴様も見下ろした。特定の条件下でしか生きられない点で、他人とは思えなかった。それで、仲よくなりたいと願った……」
「アルミラちゃん、暗闇は苦手なんだよね。わたしも夏以外は……体が拒否して」
「克服しようとするのも大変であるよな。余が黒っぽい服で全身を武装しているのも、闇に慣れたいがためなんだが、いかんせん効果がない。そもそも僅かな影や、黒という色自体は、平気の平左だし……そら意味もないわなあ」
「服……。それにしても、かわいいよね。アルミラちゃんのファッション」
淡い紫を溶かしたようなアルミラの、ちょこんとした白い左肩を、トワが見下ろす。
(アルミラの身長は百六十センチほどだが、トワと俺の身長は百六十五センチくらい)
「ゴテゴテしすぎてないゴスロリって感じ! きれいな青い髪とも抜群にマッチしてる。とくに両肩と太ももをちょっと見せてるのが、わたしの心をくすぐるよ……」
「肩と太ももの肌をさらしているのは、光を食うためだな」
小さく両肩を上げ、座ったままアルミラは、さきほどのカーテシーをくりかえした。
「余には光を消化する器官が備わっているのだ。口からではなく、基本的に全身で……とくに肩から皮膚越しに摂取する。植物の光合成とは違う仕組みで光をエネルギー等に変換し……不要なものを太もものあたりから排出する。肉眼では見えないかたちでな」
「すごい! かわいいし、理にも適っているんだね」
花が咲いたような笑顔で、トワが爽やかな声を出す。
「その素敵なお洋服は、どこで買ったのかな」
「これらの服は余の毛皮が変化したもの。ただし着脱可能だぞ。体の一部と定義しても語弊はあるまいて。いつも同じ格好とはいえ、その都度、作り直している感じだから……ちゃんと清潔だ。『こいつ着替えてんのか?』と、コトブキあたりは胸中で思っていただろうが……」
アルミラは首だけを右方向にねじり、後方に控える俺に目配せする。
「以前、コトブキは余に『どうやって生計を立てているのか』と聞いたよな。期待外れの答えかもしれんが……古くなった服を売っているのだよ。まあ、それらも暗闇で灰になるから、一般人の衣服には適さない。といっても希少な素材であることに違いはないのだ」
そして俺から目を離し、トワへと視線を戻す。
「さて……どうも余ばかりが語ってしまったな。今度は貴様のことが知りたい」
「どしどし聞いてね」
「トワはコトブキの双子なのだよな。コトブキいわく、トワは妹でもあり姉でもあるそうだが……トワのほうも、コトブキに兄と弟の両方の面を見ているのか?」
「うん。どっちが先に産まれたかなんて知らないし。それどころか、『同時』というのも、少し違う。お兄ちゃんって呼びたくなることも、弟として呼び捨てにすることも、あるよ」
「ぶれているなかで、強固に存在し続けるか……。ふむ」
「もしかして、アルミラちゃんにも関わることなの?」
「余も世間的なヴァンパイアとは、ずれている。あるいはヴァンパイアか人間か、答えを確定する必要も、ないのやもしれんな」
「哲学的だね」
「……トワ」
肩を落とし、アルミラは、うつむいた。
「なぜ平然と余と話す。頭のおかしい子どもと……思わんのか」
そのままブーツを脱ぐ。椅子の座面に足裏をつける。両膝を立て、それらをかかえる。
「確かにコトブキも、余と平気で会話をおこなう。だが、彼が余のことを信じたのは……目の前で世界の明暗が逆転するさまを見せられたからだ。対して……トワは具体的な余の力を目撃していないにもかかわらず、余の発言を信用し、受け入れているであろう」
膝に顔をうずめた格好で、アルミラがトワを見上げる。
「コトブキも余も十二分に狂っているが……貴様も、なにかが飛んでいるな」
とくに言葉では答えず微笑だけを返すトワに、ワインレッドの視線が刺さる。
「余のドストライクだ」
「わたしもアルミラちゃんのこと、好きだよ」
……病室の窓からは、闇をにじませた星空が、地上を眺め続けている。
ただし、きょうは雲が多い。地上は明るいものの、月は見えない。
(なんか例年と比べて、寒いような……そろそろ梅雨入りか……?)