仲よくなりたいヴァンパイア
トワとオレが、明るい星々を見たあと……。
新たに迎えた午前四時半、東の地平線は白まず。
徐々に空から星が消え、紫の太陽が地上に闇を投げかけた。
アルミラージュ・ムースクイーンの好む世界が、再び始まったのだ。
「コトブキ。余のことを、トワに紹介してもらえんか」
――現在アルミラは、俺の自宅の部屋にまで上がり込み、くつろいでいる。
「前に伝えたとおり、余は貴様のきょうだいと、ぜひとも仲よくなりたいのだ」
「まさかトワをねらっているんじゃ……。血を吸わないってのがウソだとしたら、なんか乗り気になれねーな」
「タダで紹介しろと願っては……いない」
彼女はカーペットのゆかに腰を下ろした状態で、右手にピースを作った。
「二日ぶんでどうだ。また、戻してやる」
「……交渉にならんぜ。いくら積まれても、俺がトワを売るわけないだろ。明暗を元どおりにしてほしいとはいえ、これに関しては、天秤にかけることすら許されねえよ。お友達になりたきゃ、自分から話しかけて関係を発展させるんだな」
「売るって……。余は、そういう気で提案したのではなかったが……、省みればデリカシーに乏しかったな。すまんかったわ……」
アルミラは、キャスター付き椅子に座る俺に向かって、うやうやしく頭を下げた。
今の彼女は、いつもと同じ紫っぽい黒で統一した服装。
ただしニーハイブーツは脱いでいる。スカートから出た太ももと膝、ふくらはぎ、足先を隠すものは存在しない。
姿勢は割座(別名ぺたん座り)である。
その体勢から、ゆかに両手をつき、頭部をさらに沈ませる……。
かつての海を思わせる青い髪が、カーペットへと垂れかかる。
彼女がなにをしようとしているか気づいた俺は、慌てて制止の言葉をかけた。
「そういうの、すんなっつーの……」
「……土下座は日本人の最高の謝意のかたちではないのか。余は生まれつき相手を見下したような目つきをしているゆえ、これくらいせんと許してもらえんだろうて」
「現代だと逆に安く見えるんだよ。ときと場合をわきまえれば最敬礼にもなるけれど、基本的に、重すぎる謝罪は相手との関係を悪化させるだけだからな」
「それは、ごめんだ。重ねて謝る」
頭を上げたあと、ゆかについていた両手をスカートの上に置く。
やはり彼女のワインレッドの上目づかいは、傲慢な眼光を帯びている。……いや、さきほどのアルミラの言葉を信じるなら、それは俺の誤解だったのだろう。
(もしかして「貴様」という二人称も、丁寧な言い回しだと勘違いして使っているんじゃ……。確かに元は相手を尊敬する呼び方だったらしいし、「貴」と「様」だけを見れば誤解も無理はないというか。うーん、アルミラって本心に悪意とかないヤツなのかもな……)
だから余計にタチが悪い……なんて思いを殺し、ゆっくりと俺は口にする。
「……俺もトワをかばうフリして、アルミラに対して意趣返しを図ったようなもんだ。こっちはこっちで半ギレした感じになってた。悪かったよ……」
椅子の向きを少しそらしたうえで、俺は声を落ち着かせ、続ける。
「そのおわびでもなんでもないが、とりあえず、姉さんには引き合わせる」
「ありがとうな」
「思い出してみれば、前に俺はトワとの関係性について『聞いたらいい』ってアルミラに言ったわけだし。……あと、このまま拒否っても、勝手に妹に会いに行かれる可能性があるからな。それよりは、俺の目の前で会ってもらったほうが安心だ。なにしろ相手は自称ヴァンパイア。警戒は……しねーとな。ただし、これはそっちの提示した『二日ぶん』を受け取るという意味じゃない」
「いわゆる無償の奉仕か」
「違うよ。トワだったら、喜んでアルミラと友達になるだろうと思っただけさ」
……九か月ほど寝ていたトワは、目覚めてから約二週間、体のリハビリを充分に重ねなければならない。
本人はその合間に、勉強もする。
一年のうちの四分の一しか活動できないわけだから、スピード感をもって知識を吸収する必要がある。
トワは小中学生に相当する年齢のときも、まわりの人より短い期間で、きちんと学ぶべきところを学び終えている。ゆくゆくは大学にも行きたいらしい。
そんな、いそがしそうな妹をさそうのは気がひけるが……。
「あのー、姉さんとすぐにでも会いたいって人がいるんだけど。まあまあ大人びてる、十二歳の女の子。もしよかったら、病室まで挨拶に来てもらうつもり……」
「会うよ」
ベッドの上で軽い筋トレをしながら、二つ返事で了承する。
「そのくらいの年の子なら、明るいうちがいいよね……あしたの土曜日の午後十時から十一時までならヒマだよ。時間帯はオッケーかな」
「問題ないって断言するだろうぜ。じゃ、本人に伝えとく。あとは俺が連れてくるから」