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せめて夏が始まる前に

(七夕のときだけ戻す? だめだろ、それは……どうせなら、すべて返せよ)


 トワのいる病院をあとにした俺は、まず警察署に()こうかと思った。


(今回の「光と闇の入れ替わり事件」の元凶とおぼしき存在……アルミラ)


 まだキツネにつままれた感覚はあるものの、一応、彼女のことは誰かに伝えるべきではないか。


 ただ、嫌な未来も想像してしまう。

 冗談と受け取られなかった場合、または情報が拡散した場合、アルミラージュ・ムースクイーンが殺されるんじゃないかと心配になった。すべての明暗を逆転させた彼女は日本のみならず世界じゅうに敵対しているも同然なのだ。

 けっして大げさな空想ではないと思う。


(別に……ヤツが死ぬのはどうでもいい。たぶんあれは人間じゃない。でもアルミラが死んだところで世界が元どおりになるなんて保証はない。逆にすべてが手遅れになる可能性もある。少しのリスクも踏みたくねー。俺はなんとしてもトワと一緒に、暗い夜のなか、光る星々を見たいんだ……)


 とりあえず帰路(きろ)において。

 誰もいない公園に立ち、試しに「その名」を呼んでみる。


「アルミラージュ・ムースクイーン」


 すると十秒もかからず、彼女が現れた。

 やはり黒い衣装をまとい、海のような青い髪を持つ。


「今の時間は……午前四時三十二分か。()()()()()()()()()()()()()()()


 公園の中央に設置されている大きな時計を見上げ、アルミラは淡白(たんぱく)につぶやいた。

 対して俺は、単純に疑問に思ったことを問う。


「どこに(ひそ)んでいたんだ」


「光に」


 ここで太陽がのぼりだす。あたりを黒に染めていく。

 彼女は……大時計の柱の作る、明るい影に立っている。


「余は明るいものが大好きなヴァンパイアだからな。そのなかを移動するなど児戯(じぎ)よ」


「ヴァンパイアというより、怪物だな」


「まあ余がヴァンパイアを名乗っていいのかはわからん。ただ、『最初のアルミラ』を産んでくれたのは由緒(ゆいしょ)正しい吸血鬼だった。ちゃんと血を吸い、暗闇におびえることもない……」


「……ともかく光のなかを自由に移動できるんだよな? じゃあ、太陽の動きに合わせてアルミラ自身が場所を移し続ければ、元の世界でも問題ないんじゃねーの」


「ずっと休まず起きたままでいられるなら……そんな生活も可能だったろうな」




 その日以降、ほぼ毎日、俺はアルミラの名を呼んだ。そのたびに彼女は、どこからともなく光のなかから出現し、俺を冷たい視線で見据えた。


 俺は何度も何度も頼み込んだ。

 七夕を待たずに、今すぐ世界を戻せと、しつこく。


 さとすように、アルミラが答える……。


「がっつかれて悪い気はせん。しかし工夫が足りない。それだとウンザリされてしまうぞ」


「……文句を垂れるばかりでもかまわないと口にしたのは、そっちだろうが」


「すまん、取り消す」


 アルミラは微笑すらせず、ワインレッドの瞳を揺らす。


「ときに貴様は、余を殺そうとは思わないのか。しかも余の告白を誰にも知らせていないだろう……。今からでも、信頼できる者たちと協力して『元凶』をしとめるために動いたらどうだ」


「自分で自分の不利になることをよく言うぜ」


「人の心を読むためには、思わせぶりなことも言わねばな。もちろん危ないと判断したら、貴様との約束などホゴにして即座に逃げるさ」


 ……波音が右の耳にズズーンと入り込んでくる。

 きょう、俺が彼女を呼び出した場所は海辺だった。

 キラキラしているのは従来どおり。


 一方、光の性質が変化したためか、空の色と同様、今の海面は青色ではなく透明だ。まるで、アルミラの青い髪に本来の色のすべてを吸われてしまったかのように……。

 当の彼女は厚底のブーツで砂浜を歩きつつ、振り返らずに俺と話している。


「なにしろ、こちらの味方はもういないのだから……慎重にならないと生きられんよ」


「実際にアルミラが死んだら、世界は元に戻るのか」


「知らん。のろいがとけるように戻るかもしれないし、逆に死人(しにん)の恨みが生者をさいなむごとく悪化するかもな」


 空にぼうっと浮かぶ満月……その闇を映し出す海面。……黒い円が波の上下に合わせ、かたちをゆがめる。

 よく見れば、月の放つ闇により、海の透明は少し墨色(すみいろ)を帯びている。


「絶景だなあ、コトブキよ。日本語には『月影(つきかげ)』という素晴らしい言葉があるよな。たとえば英語では『ムーンライト』なのに。……この国は光を『影』とも表現する。風情(ふぜい)の極みと評したい。今や『月影』はそのまま『闇』を落としているが、これも『月影』なのかねえ」


「ずいぶん(たの)しそうに話すことで。闇は嫌いじゃなかったのか」


「大嫌いだよ、こちらを殺しにかかるから。そして、その闇が今や光のマネをしているがゆえに、滑稽(こっけい)で面白いのだ。今のところ……この程度の月影では、余を灰にすることも不可能であるしな」


 ここでアルミラが足をとめる。


「さて……そろそろ忠告もしておこうか。貴様は、双子のトワが目覚める夏までに余を説得したいと考えているのだろう。とはいえ、このままだと間に合わない。無駄な懇願(こんがん)をやめ、別の手を実行すべきでは」


「頼み込むのも……だめ。殺害も確実じゃない。となると」


 俺は彼女の後方三メートルの地点に直立し、黒い満月を目に入れる。


「交渉するしかない」


「賢明な選択だ。相手の望むものを提示できるなら。なにを貴様は差し出せる」


「電気代・純潔・いのち」


「順に答えると……今さら()らんわ・自分を大切にしてくれ・手に余る」


「さびしさ」


「ほう。あるではないか、マシなもの」


 アルミラは腰に両手を当てて胸をそらし、首を倒した。後ろにいる俺を、逆さまになった顔で見つめる。その両目には、黒い月がぼんやり浮かんでいる……。


「一つの孤独をうめられるのは、別の孤独だけだからな」

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