ぶれた存在(たとえば姉か妹か)
世界の明暗を連続で逆転させたあと、パラソルを畳み、首輪を巻きなおすアルミラ。……彼女に対し、俺は体を震わせるしかなかった。
「マジなのか。もう神レベルじゃないか」
「いいや。余は全能にあらず。ほかのことは、ろくにできない」
そして目の前のベッドに横たわる小さな顔に視線を落とす。
「よく似ているな、貴様と。もしや双子か」
ヴァンパイア……アルミラの言うことは当たっている。
俺・玉山コトブキと、そこに寝ている玉山トワは一卵性双生児である。
やや丸みを帯びた輪郭。薄い唇。つり上がっても垂れてもいない水平な目のライン。
性別以外で明確に違うのは、髪の長さくらいだろうか。
きっかけは十年ほど前。
小学校一年生のとき、俺は女の子に間違えられたことがある。学校の方針なのか先生は男女に対して差のない接し方をしていた。
(性別に関係なく全員を「さん」付けで呼ぶなど)
そのせいで……とは言わないが、ともあれクラスの女子たちは俺を同性と思い込んでいたようで、水泳の授業のときに女子更衣室に連れ込まれそうになった。
当時の俺の一人称は「わたし」だった。それも誤解の原因だったらしい。大人ならともかく、小学生の男が「わたし」と言うのは変だとか言われた。以降、一人称を「俺」に変えた。
ただ、トワは、おこってくれた。「そんなことする、ひつようないのに」と。
このときからだ、「妹」が髪を伸ばし始めたのは。「お兄ちゃんが、コトブキが、男の子らしくしなきゃいけないなら、わたしも女の子っぽくするよ。これでわたしたち二人がならんだら、だれも、ぜったい、まちがえない」と「姉」は力強く口にした。
のちにトワは、「長髪イコールフェミニンと考えるのも時代遅れだったかなー」と述懐することになるものの、俺はすでに、この双子のことを一生……守っていこうと決めていた。
(いや……守るなんて、そういうのじゃ、ねーかもな)
現在のトワの髪は、傷まないようにふんわりまとめられ、サンタ帽に似た緑色のナイトキャップに収まっている。
トワの輪郭をなぞるように、アルミラは瞳を動かす。
「見分けがつかんな。区別するために貴様と妹御の名を聞いてもよいか」
「その前にアルミラさんの目的は、なんですか」
「……もっと軽い口調でかまわんよ。ちょいと余は、『明暗が逆転した結果、人々はどんなことを考えているのか』について興味があってな。四月いっぱいはネットの書き込みを読みあさっていたのだが、『やはりナマの声を聞くのも大事』と考えを改めたのだ」
「確かに自分のしたことで世間がどんな反応を示しているかは気になるだろうな。つっても、なんで俺たちのところに来たんだよ」
「ランダムに選んだ。地球儀を回してダーツを投げたら日本の地域に刺さった。それでここに。付け焼き刃にしては、日本語、うまかろうが。あとは……一定の言語能力があり、仕事や学業に忙殺されていない者を探しただけよ。なおかつ余を受け入れられるほどに非常識なヤツを」
「俺は一般的な男子高校生だと自負しているが」
「なに、十二分に狂っているとも。まともな人間ならさっきの明暗の逆転も偶然の産物として片付ける。仮に余の力を信じても平然とは話していられない」
「あっそう。じゃ、俺は玉山コトブキ。ベッドに寝ているのが双子のトワ」
普通なら、こんな得体の知れない相手には名前も教えないところだ。ただ、もし本当に世界の明暗を入れ替えたのがアルミラだとすれば、存在自体が超常現象。下手に逆らわないほうが賢明だろう。
ただし、譲れない誤解も感じるので、付け加える。
「トワは俺にとって妹でもあり姉でもある。実際、どっちが先に産まれたかは知らん。あえて俺たちはそれを両親に聞いていない」
「ほーん。存在が、ぶれているのか。あるいはそれを一つの実在と解釈するか」
アルミラは首輪に左右の中指を当て、少し考え込む様子を見せた。
「とはいえトワに妹と姉の両方の性質が重なっているなら、同時に貴様……コトブキも兄と弟の両側面を常にさらす理屈になる。どちらだ。貴様は兄か、弟か」
「どっちでもあるって。今度トワが起きたときに聞いたらいい。秋から春まではずっと寝てっけど、夏にぱっちり目を覚ますから」
「そうか、ぜひ仲よくなりたい」
「……こういうときに、『なんの病気か』とか『かわいそうに』とか、言われなかったのは初めてだな」
「貴様の妹御あるいは姉御は、夏にしか活動できないのだろう? 余も似たようなものだ」
首輪から指をはなし、アルミラはパラソルを片手に持ってパイプ椅子から立ち上がる。
「さてと、本来は貴様と面識のなかった余が病室で話し込むのもよろしくなかろう。そろそろ去るさ」
「帰る前に世界を戻してほしいんだが。今度は、恒久的に」
「なぜこだわる。死傷者が出ているわけでも……あるまい」
「夜空を返してもらいたいだけだ。とくに妹は七夕の日を楽しみにしている。毎年きょうだいで、星のよく見える村に行って……輝く宇宙を見るのが恒例なんだ。だが今は明るい空に多くの闇がちりばめられている状態。俺は姉を落胆させたくない」
「ふむ、余としても、どうするか。ここであっさり了承しては、この先もずっと譲歩せねばならなくなるし……」
そしてアルミラは、パラソルを持っていないほうの左手で、胸の前の髪をくしけずる。
「では条件次第で七夕の日だけは明暗を元のものにしてやろう。さすがに余も、これ以上は折れるつもりはない」
「条件?」
「気が向いたら余をそばに呼んでくれ。別に毎日とは言わん。お友達になれとも要求せん。無理に話さなくてもいい。世界を戻せと文句を垂れるばかりでもかまわない。アルミラージュ・ムースクイーンの名を口にしてくれれば、余はコトブキのもとに、はせつける」
「それでアルミラになんのメリットがあるんだ」
「さびしさをうめられる。世間一般からすれば余は化け物。普通に接することができる相手は貴重なのだ。心配せんでも貴様を『そういう対象』として見ることはないよ。余は自家受精をおこなう生物だからな」
最後にさらりと信じられないことを言い残して、彼女は病室から出ていった。