輝き咲いて散る
このあいだの三月八日月曜日、俺は死にかけのアルミラと花火を見に行く約束をした。
花火を選んだのに特別な理由はない。
暗闇で灰になるアルミラとデートするなら、明るいものを一緒に見るのがいいかなと思って……なんとなく口にしただけだ。
もうアルミラをだます気はない。
罪悪感のせいではなく、そんな手が彼女に通じないとわかったからだ。
(俺がアルミラを灰にしようとたくらんでいたのも……最初から見抜かれていたっぽいしな)
しかし、そもそもなぜデートをするのか。
……知らん。
俺もアルミラを「そういう対象」として見ていない。アルミラは次の次の月曜日――満月の夜に死ぬらしいが……余命二週間と聞いても、かわいそうとは感じない。
しいて言うならこのデートは……アルミラに対する俺の報復だと思う。
そしてデートの日が来た……。
なお、俺の所属していた通信制高校の卒業式は数日前におこなわれたから……もう俺は高校生じゃない。
ともあれ、きょうは三月十四日、日曜日。
地元から少し離れた場所で花火大会が実施されていたので、俺はそこを訪れた。
午前二時くらいにアルミラージュ・ムースクイーンの名を呼ぶと、四時過ぎに彼女が現れた。
……花火といえば夏のイメージ。しかし元から三月でも花火を打ち上げるところはあるし、現在の三月は従来の九月の季候に相当する。「残暑」のような気温のなか、ひらく花火も多いのだ。
ただしアルミラは、なるだけ闇を浴びたくないはず……。
そこで俺は、建物のなかに彼女を案内した。
屋内で花火を楽しみたい人向けに、地域の公民館の一室が無料で開放されていたのだ。その部屋は広く、一方の壁に、はめ殺しの窓ガラスが大きく取り付けられている。
時刻が午前五時を回ったころ、窓ガラス越しに花火が見え始めた。
「ガラスが外からの闇をそれなりに反射してくれるうえ、室内は明るい。これなら今の余も灰にならんで済む……いいところだな、コトブキ」
「そうだな……」
部屋にいるのは五十人くらい。子連れが多い。
ゆかには土足禁止の灰色のマットが敷き詰められている。
窓ガラスに向かって右の壁に、俺たちは寄りかかる。
明るい空に花火が上がる。
色とりどりの闇がはじける。
アルミラの世界では、当然ながら「火」も暗い。
真っ暗な昼のなかで気づかれなかった山火事も、明るい夜において黒い炎が舌を出し、すべてをなめた住宅火災も……世界じゅうで起こった。
そして花火は花火で、ダークな大輪を宙に咲かす。
カラフルな闇の散りざまは――静かで、冷たい。派手とは言えない。
爆発の振動は部屋を揺らさず、穏やかに遠鳴りを届ける。
「なあコトブキ。これがワビサビというものなのか」
「俺にはそういう境地はわかんねーよ。ただ、いい感じに落ち着いているよな……」
ほかの人たちには聞こえない小さな声で会話を交わす。
……気づけば、午前六時。
日の出の時刻となり、太陽以外の星たちが身を隠し始める。
黒に近い紫色の朝焼けのなか、新たな花火が打ち上げられる……。
その花弁は、明るかった。
太陽の位置が上昇し、紫が真っ暗に飲まれたあとも、光り輝く花火が連続する。もちろん色は、とりどりだ。
「……なに? なぜ今になって花火が明るくなっている。さきほどまでは暗かったはずではないか。余の力が完全になくなったのか……?」
「違うぜ、アルミラ。だったら太陽も闇を放ち続けるわけがない。あれは、人の工夫だ」
裂かれた光のカケラの波が、窓ガラスを細く抜けて室内に落ちる。
ここにいるみんなは騒ぐことなく、ほとんど沈黙するか小声を出すかして、明るい破片を受けている……。
「本来の光が闇になるなら、それを極限まで抑えればいい。そのうえで明るい闇を与えるんだ。俺が調べたところによると、水と煙を一緒に飛び散らせ、光り輝く影を付与しているらしいぜ。だから明暗の逆転した世界でも、明るい花火が実現できたとか。広がった花火の持続時間を確保しながらこれをやってのけるんだから、ほんと職人ってすごいよな。……神レベルだわ」
「明るく輝き、きれいだな」
彼女の冷たい声が躍る。
「こんなかたちで光を作り出すこともできるのか。余にとっても満たされる光景だよ」
「そっちが満足できたなら、こっちも満足だ」
「……だがこの美しさを見せてくれた貴様のねらいが不明瞭なのが気になる。誠心誠意、余のために頑張る玉山コトブキでもあるまい。隙をうかがって攻撃する……なんてそぶりも見せんし」
「俺は『報復』のために、アルミラに喜んでほしかった」
「面白い動機だ」
「アルミラは世界の明暗を入れ替えた。それで……自分は人間とは違うとか、かなりの影響を与えたとか思って……うぬぼれているかもしれねーけど、実際は誰もアルミラージュ・ムースクイーンに屈していない。かつてない世界でもちゃんと生きているし、光だって生み出せる」
「理解した。それを余に味わわせて鼻っ柱をへし折るのが報復か……」
散っては咲き、咲いては散る花火から目を離さず――彼女は話す。
「しかしコトブキ……得意顔だな。今咲いている明るい花火を、貴様が作ったわけでもないだろうに」
「そのとおりさ。だけど花火を見るのは俺だ。それが明るいと気づくのは、いつもそれを見るヤツなんだよ」
「トワも、ちゃんと明るいところを見て生きているのか」
「生きようとしている」
「なぜ断言する」
「双子だから」
「……ふ、そうか。余としたことが、愚問を重ねてしまったな」
彼女の口もとが緩む。
ワインレッドの瞳が潤み、外からの闇を一割ほど、室内と花火の光を九割ほど吸った……。
打ち上げは午前八時まで続いた。




