表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

双子座流星群

 アルミラージュ・ムースクイーンが世界の明暗を()()えてから、気づけば半年以上が()ぎた。


 夏至(げし)が、暗い時間のもっとも多い日になり。

 冬至(とうじ)が、明るい時間のもっとも多い日になったからには――。


 単純(たんじゅん)に考えて、四季(しき)は六か月ずれることになる。(ただし四季の原因を明暗の時間の長さに求めるのは正確ではないかもしれない。「地球のかたむきと公転によって太陽の『闇』を受ける量が季節ごとに(こと)なるから『今』の四季がある」と説明したほうが適切だろう)


 ……たとえば冬至のある十二月も、元々(もともと)の夏至を(ふく)む六月の季候(きこう)にすりかわる。

 そのため、今年の十二月に、また梅雨(つゆ)が来るのではないかと……たくさんの人が予想した。


 が、少なくとも今年度において二度目の梅雨は(おとず)れなかった。

 なんでも……梅雨の原因の一つのオホーツク(かい)気団(きだん)がそんなに発達しなかったらしい。しかし来年の十二月はしっかり梅雨になるだろうと専門家たちは(くち)をそろえている。

 もちろん、このまま明暗の逆転した世界が継続するなら……という注意付きだが。




 ともあれ十二月十四日午後九時。

 俺は双子(ふたご)()流星群(りゅうせいぐん)を見た。


 明るくて透明(とうめい)な夜空のなかから、まずは冬の大三角を(さが)す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、プロキオンとベテルギウスを頂点に加え、指先で線を引く。

 そのプロキオンとベテルギウスの作る一辺(いっぺん)の外側に、双子座を見つけることができる。


 双子座のなかでとくに目立つのは、()()()()()()()のポルックスと()()カストル。


 カストルが兄で、ポルックスが弟。

 地球から見つけやすいのは一等星のポルックス。しかし流星群は兄のほうから発射される。

 だいたいそこを中心にして、放射状に星が流れる。


「黒い星が闇の()を引いて、きれいに、はかなく散っていますね……」


 篝屋(かがりや)テルハがセーラー服を着たまま、胸をそらして夜空を見上げる。

 俺は篝屋の住む一軒家(いっけんや)の庭に招いてもらって、流星群を肉眼で観察している。


 さそわれたとき、最初はことわった。たとえ許可されたとしても、人の(いえ)に入ることに抵抗(ていこう)があったからだ。

 ただ……「家のなかには上がらなくていいので庭で一緒に見ましょう」と代案(だいあん)を提示されたため、これ以上つっぱねるのも悪い気がして、篝屋(かがりや)の家の庭に入った。


 庭には、ちょっとした高台(たかだい)があった。ここにのぼって、俺は寝転(ねころ)がった。

 篝屋(かがりや)も高台の上にいる。が、直立したまま流星群に対している……。


 カストルの近くから、また流れ星がすべっていく。先刻(せんこく)とは違う方向に消えていく。

 両手を(まくら)にしながら、俺はつぶやく。


「まだ月は出てねーから、邪魔(じゃま)されず、流れ星に集中できるな」


 周囲の人には聞こえるが……無視されても、ぎりぎり「ひとりごとだ」と主張してごまかせる声量(せいりょう)である。

 だが篝屋(かがりや)は、俺の言葉をしっかり拾った。


玉山(たまやま)せんぱい……玄人(くろうと)みたいで、逆に素人(しろうと)みたい……」


 ゆるふわの、かわいらしい笑顔と所作(しょさ)とトーン……それらと共にこれを言うのだから末恐(すえおそ)ろしい。心なしか大きな目までキラキラと(かがや)いている。


「ところで、せんぱい。これをご賞味(しょうみ)ください」


 そう言って篝屋(かがりや)が差し出したのは、皿に()せた寒天(かんてん)ゼリーだった。

 ドーム状に固められた透明なゼリーのなかに、カットされたイチゴ、キウイ、オレンジが()まっている。


 頂上には、ぶどうの実のようなものが鎮座(ちんざ)する。どういう仕掛(しか)けなのか……そこをスプーンでつつくと、濃い色のぶどうジュースが出てきて、寒天の表面に、すっと線をえがく。


 篝屋(かがりや)の家は、スイーツのお店だそうだ。父親が経営している。

 俺の住むマンションから歩いて十五分の距離(きょり)。最近、オープンしたらしい。名前は、そのまんま「カガリヤ」である。今度、姉さんが起きたら一緒に()こう。絶対に喜ぶ。


 ……上半身を起こす。

 (わた)されたスプーンを右手に、皿を左手に持ち、ごくりと(のど)を動かす。


「いただきます。……冷たいし、(さわ)やかだし、ほどよく酸味(さんみ)()いていて、おいしい。とくに、てっぺんのぶどう。黒い白玉(しらたま)団子(だんご)のときみたいに、きょうの夜空をモデルにしたわけだ……。寒天をすべるぶどうジュースは、明暗の入れ替わった流星群そのもの……。なかの果物(くだもの)は、ほかの星や、地上の人たちか……」


「うれしいです。試作(しさく)ですが……アイシー・メテオ・シャワーと名付けました。はむ……(われ)ながら、うますぎます」


 いつの()にか篝屋(かがりや)も皿を片手に持ち、同じ寒天ゼリーをスプーンで食べていた。

 一方は立って、他方は座って、黒く流れる星を見る。


「せんぱいは……なにか、願いましたか」


「……いいや。七夕(たなばた)()に合っているんで」


「わたしは『店が繁盛(はんじょう)しますように』と三回(とな)えました。玉山せんぱいが来る前に」


「星が現れて消えるまでの短時間で、よく言いきれたな」


「流れ星に気づいて反応したら間に合いません。とはいえ出現時間の予測は不可能なので、手段は一つ。星が流れる前から夜空を見続け、同じ願い事のフレーズを、カバディのキャントよろしく早口(はやくち)でくりかえし、次の流れ星の出現タイミングとちょうど重なるまで待つんです!」


「それ、(くち)で言うより、きつくね? でも……邪道(じゃどう)なのかもしれないが、願いをかなえられるのは、チャンスの前からなにかを勝ち取ろうと……もがいたヤツだけなんだろうな」


 なにごともタイミングをはかるのは難しい。



 ――流星群といっても、立て続けに大量の流れ星が落ちるとは限らない。少なくとも今は、三分で一個か二個が静かに現れ、すっと(おと)なく死んでいく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ