双子座流星群
アルミラージュ・ムースクイーンが世界の明暗を入れ替えてから、気づけば半年以上が過ぎた。
夏至が、暗い時間のもっとも多い日になり。
冬至が、明るい時間のもっとも多い日になったからには――。
単純に考えて、四季は六か月ずれることになる。(ただし四季の原因を明暗の時間の長さに求めるのは正確ではないかもしれない。「地球のかたむきと公転によって太陽の『闇』を受ける量が季節ごとに異なるから『今』の四季がある」と説明したほうが適切だろう)
……たとえば冬至のある十二月も、元々の夏至を含む六月の季候にすりかわる。
そのため、今年の十二月に、また梅雨が来るのではないかと……たくさんの人が予想した。
が、少なくとも今年度において二度目の梅雨は訪れなかった。
なんでも……梅雨の原因の一つのオホーツク海気団がそんなに発達しなかったらしい。しかし来年の十二月はしっかり梅雨になるだろうと専門家たちは口をそろえている。
もちろん、このまま明暗の逆転した世界が継続するなら……という注意付きだが。
ともあれ十二月十四日午後九時。
俺は双子座流星群を見た。
明るくて透明な夜空のなかから、まずは冬の大三角を捜す。
もっとも激しい闇を放つ一等星のシリウスを出発点として、プロキオンとベテルギウスを頂点に加え、指先で線を引く。
そのプロキオンとベテルギウスの作る一辺の外側に、双子座を見つけることができる。
双子座のなかでとくに目立つのは、ダークオレンジのポルックスと黒いカストル。
カストルが兄で、ポルックスが弟。
地球から見つけやすいのは一等星のポルックス。しかし流星群は兄のほうから発射される。
だいたいそこを中心にして、放射状に星が流れる。
「黒い星が闇の尾を引いて、きれいに、はかなく散っていますね……」
篝屋テルハがセーラー服を着たまま、胸をそらして夜空を見上げる。
俺は篝屋の住む一軒家の庭に招いてもらって、流星群を肉眼で観察している。
さそわれたとき、最初はことわった。たとえ許可されたとしても、人の家に入ることに抵抗があったからだ。
ただ……「家のなかには上がらなくていいので庭で一緒に見ましょう」と代案を提示されたため、これ以上つっぱねるのも悪い気がして、篝屋の家の庭に入った。
庭には、ちょっとした高台があった。ここにのぼって、俺は寝転がった。
篝屋も高台の上にいる。が、直立したまま流星群に対している……。
カストルの近くから、また流れ星がすべっていく。先刻とは違う方向に消えていく。
両手を枕にしながら、俺はつぶやく。
「まだ月は出てねーから、邪魔されず、流れ星に集中できるな」
周囲の人には聞こえるが……無視されても、ぎりぎり「ひとりごとだ」と主張してごまかせる声量である。
だが篝屋は、俺の言葉をしっかり拾った。
「玉山せんぱい……玄人みたいで、逆に素人みたい……」
ゆるふわの、かわいらしい笑顔と所作とトーン……それらと共にこれを言うのだから末恐ろしい。心なしか大きな目までキラキラと輝いている。
「ところで、せんぱい。これをご賞味ください」
そう言って篝屋が差し出したのは、皿に載せた寒天ゼリーだった。
ドーム状に固められた透明なゼリーのなかに、カットされたイチゴ、キウイ、オレンジが詰まっている。
頂上には、ぶどうの実のようなものが鎮座する。どういう仕掛けなのか……そこをスプーンでつつくと、濃い色のぶどうジュースが出てきて、寒天の表面に、すっと線をえがく。
篝屋の家は、スイーツのお店だそうだ。父親が経営している。
俺の住むマンションから歩いて十五分の距離。最近、オープンしたらしい。名前は、そのまんま「カガリヤ」である。今度、姉さんが起きたら一緒に行こう。絶対に喜ぶ。
……上半身を起こす。
渡されたスプーンを右手に、皿を左手に持ち、ごくりと喉を動かす。
「いただきます。……冷たいし、爽やかだし、ほどよく酸味が利いていて、おいしい。とくに、てっぺんのぶどう。黒い白玉団子のときみたいに、きょうの夜空をモデルにしたわけだ……。寒天をすべるぶどうジュースは、明暗の入れ替わった流星群そのもの……。なかの果物は、ほかの星や、地上の人たちか……」
「うれしいです。試作ですが……アイシー・メテオ・シャワーと名付けました。はむ……我ながら、うますぎます」
いつの間にか篝屋も皿を片手に持ち、同じ寒天ゼリーをスプーンで食べていた。
一方は立って、他方は座って、黒く流れる星を見る。
「せんぱいは……なにか、願いましたか」
「……いいや。七夕で間に合っているんで」
「わたしは『店が繁盛しますように』と三回唱えました。玉山せんぱいが来る前に」
「星が現れて消えるまでの短時間で、よく言いきれたな」
「流れ星に気づいて反応したら間に合いません。とはいえ出現時間の予測は不可能なので、手段は一つ。星が流れる前から夜空を見続け、同じ願い事のフレーズを、カバディのキャントよろしく早口でくりかえし、次の流れ星の出現タイミングとちょうど重なるまで待つんです!」
「それ、口で言うより、きつくね? でも……邪道なのかもしれないが、願いをかなえられるのは、チャンスの前からなにかを勝ち取ろうと……もがいたヤツだけなんだろうな」
なにごともタイミングをはかるのは難しい。
――流星群といっても、立て続けに大量の流れ星が落ちるとは限らない。少なくとも今は、三分で一個か二個が静かに現れ、すっと音なく死んでいく。