表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/31

季節の変わり目

 九月八日の皆既(かいき)月食(げっしょく)を見て別れて以来、俺はアルミラの名を呼ばなくなった。

 彼女と会わなくなっても、とくにさびしいと感じることはない……。


 とはいえアルミラの逆転させた世界の明暗や季節は、そのままだ。


 たとえば九月下旬(げじゅん)において、各地で(さくら)が開花したというニュースが飛び()った。

 季節そのものが、ずれ始めているので……あながち(くる)()きでもないかもしれない。




 さらに今年の中秋(ちゅうしゅう)名月(めいげつ)は十月上旬(じょうじゅん)だったため、花見(はなみ)月見(つきみ)を同時に楽しむ人が続出した。

 最初は不気味(ぶきみ)に思われていた黒い月も、これはこれで風情(ふぜい)があるということで、人々の人気(にんき)を集め始めた。


 大時計の立つ公園で、俺はそんな月を見る。


「――玉山(たまやま)せんぱい! わたし、新しい月に合わせて、お団子(だんご)を作ってみました」


 ベンチに(すわ)った俺の(となり)で声がする。


 声をかけてくれたのは、高校の後輩(こうはい)

 弁当箱(べんとうばこ)(ひざ)()せ、その(ふた)をあけてみせる。

 なかには、ひとくちサイズの黒い団子(だんご)()まっている。


 その後輩は俺を「玉山せんぱい」と呼ぶ。

 アルミラと別れたあと、学校のスクーリングで知り合ったのだ――。



 俺の所属(しょぞく)する高校は、通信制。

 しかしスクーリングのために学校に顔を出さないといけない日もある。ちょうど九月の中旬(ちゅうじゅん)に、一年生と二年生の合同授業が実施(じっし)された。


 先生の決めた席に座って、(となり)の人とレポートを作成することになった。

 私服の俺に対して、その女の子は制服だった。

 うちの高校は制服を用意しているが、購入(こうにゅう)や着用は本人の意思に任されている。


 白いセーラー服。

 プリーツスカートのヒダは少なめ。カラーは緑。

 袖口(そでぐち)とスカートの(すそ)にも緑色のラインが見える。胸もとのスカーフは黄色で、チョウのように二つに分かれる。


 隣の女の子……篝屋かがりやテルハは百五十センチほどの身長で、(かみ)はミディアム。

 雰囲気(ふんいき)は、ゆるふわ。大きな目を持つ童顔(どうがん)の少女。

 話を()わすうちに、近くに住んでいることが明らかになって、スクーリングが終わったあとも、そのままなんとなく会うようになった。


 (した)しげに話す篝屋(かがりや)に対し、俺は()(はな)すようなことも(くち)にした。


「こっちは友達のつもりすらないんだけど……」


 これを言えば、大抵(たいてい)の相手は「あ、こいつ、痛いヤツだ」と思って、さけてくれるはずだったが……、その女の子だけは(ちが)っていた。

 かえって、うれしそうにしていた。



 結局、一緒(いっしょ)に中秋の名月……十五夜(じゅうごや)の月を見る流れになった。

 差し出された団子を(くち)(ふく)む俺に、篝屋(かがりや)上目(うわめ)づかいで話しかける。


「――どうでしょうか。わたしの『黒い白玉(しらたま)団子(だんご)』のお味は……?」


「名前にはツッコまないが……歯を立てるたび、中身の黒あんと表面の黒蜜(くろみつ)(から)み合って、独特のおいしさを感じられると思う」


末長(すえなが)く、ありがとうございます……玉山せんぱい」


 ……校外でも、篝屋(かがりや)テルハはセーラー服を身にまとったまま。

 緑のリボンを下端(かたん)に巻いたセーラー帽。白いハイソックスに白いバレエシューズ……。

 それ以外の服装を、俺は見たことがない。


 ともあれ明るい影を落とす桜の(した)のベンチに陣取(じんど)り、篝屋(かがりや)自身も黒い白玉団子をほおばる。

 現在は午後五時。太陽が(しず)みかけ、(むらさき)の夕焼けを作り出す。


 これより少し前に、十五夜の月がのぼっていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()(ちゅう)()く。


 通常の月見は完全に日が()れたときにやるものだが……太陽が(ぼっ)する前に月が顔を出す場合は、その時間のあいだだけ、昼に月見をおこなうことが可能なのだ。


 ただし、今さら確認するまでもなく、現在の昼は暗い。

 妖艶(ようえん)面妖(めんよう)な闇の月に、黒い白玉(しらたま)団子(だんご)をかざしてみる。

 すると、薄桃色(うすももいろ)の桜の花びらが、光を裏地(うらじ)にくっつけたまま、はらりと団子に()い落ちた。


 俺は花びらをそっと取り、団子を(くち)のなかに押し込んだ。


篝屋(かがりや)。ありがとう、ごちそうさま、おいしかった」


 俺は最低限のことだけを(くち)にして、公園を去った。




(なんで俺は篝屋(かがりや)と、ちょくちょく会うようになってんだろ……)


 十一月、太陽の落ちた時間帯。

 俺は制服の篝屋と、例の小山の頂上にある広場に来た。

 そのベンチに座り、藤棚(ふじだな)を見上げつつ、考える。


(アルミラのことを忘れたくて……いや)


 いくつもの(あわ)花束(はなたば)が、藤棚から垂れ下がっている。ただし、その数は多くない。


(トワがもう一度起きたときに、友達がいないところを見せたくねえんだろうな。俺からすればアルミラは友達じゃないとはいえ、トワはそう思っていなかったわけだし)

 

 ただでさえアルミラのことで喜んでいたのに、次に覚醒(かくせい)したときに彼女が消えていたら、きっと()もショックだろう。


(だが、これは、()を思うフリをした……俺のエゴの(かたまり)


 アルミラージュ・ムースクイーンと別れて()もなく、代わりのように後輩(こうはい)と会い始め……、その篝屋(かがりや)テルハを自分の都合(つごう)で利用しようとしている。しかも友達でもない相手を友達としてトワに紹介(しょうかい)するつもりでいる。


「――これが俺の胸中(きょうちゅう)。ひでーだろ?」


 以上のことを篝屋(かがりや)には、ほとんど正直(しょうじき)に伝えた。アルミラの超常的(ちょうじょうてき)な部分を(はぶ)いて。


(知り合って二か月ほどのヤツに、聞かれてもいないのにこんなことを話したんだ。今度こそ確実に失望されたはず……)


「玉山せんぱい、すごく……たいしたことありませんね」


 あくまで「ゆるふわ」の調子を(くず)さずに、篝屋(かがりや)テルハは藤棚の(した)で、ほほえんだ。


「その程度、ひどいうちに(はい)りません。わたしが心のなかで考える残虐(ざんぎゃく)陰惨(いんさん)なことに比べれば。わたしが玉山せんぱいと会っているのは、ほれたからじゃ、ありません。この人なら本当のわたしを拒絶(きょぜつ)しないと……期待したからです」


 こういうことを聞かされても、とくに意外な感じは、しなかった。


「せんぱいと会うときにわたしがいつも制服なのは、()の自分を出さないためでした。制服を着ると、『集団の一人として見られている』という感じがします。それで、気持ちを抑制(よくせい)しやすいんです……」


 篝屋(かがりや)は、うつむき加減(かげん)――。

 左右のこぶしをスカートの(すそ)に当て、ベンチに座っている。


「だけど、さっきの玉山せんぱいの告白(こくはく)を聞いて確信しました。やっぱりわたしは、この人に自分を見せていいんだって。だって……いつだって本当の意味で悪人に優しいのは、けっして善人ではなく、同じ色をたたえた悪人だけだから。玉山せんぱいの悪はたいしたことありませんけど、重要なのは罪悪感(ざいあくかん)の重さです。お(たが)いの頭のなかが本人にとっての――ろくでもないことで満たされていれば理想ですね」


 一人(ひとり)ぶんの距離(きょり)をあけて俺の左隣(ひだりどなり)にいた篝屋(かがりや)が、しゃべりながら徐々(じょじょ)に足を動かし、右にスライドしてくる。つまり俺に近づいてくる。


「わたしだって、自分の安心のためだけに、せんぱいのことを利用しているんです。同じなんです。ここで玉山せんぱいを(きら)いになったら、きっとわたしは自分のことも嫌いになるし……ここで玉山せんぱいを好きになれたら、わたしは自分も好きになれる……だから、せんぱい」


 ついには俺の()(うで)篝屋(かがりや)の肩がふれそうになった。というか、ぶつかった。


「ドロドロした気持ちを明かしてくれて、ありがとうございます。――って言われて、せんぱいはわたしにドン()きしました?」


「いや……『こいつヤバい』と思っても、人のこと言えないし」


 ミディアムヘアを(ゆる)やかに()らし、無邪気(むじゃき)そうな笑顔を向ける篝屋(かがりや)テルハ……。

 マンガやアニメなら、そこに暗い影が張り付けられるのだろうが、現実ではそんなことはなく、彼女の表情は明るいままだ。


 なぜなら今は影のすべてが、光にまぎれる世の中だから……。




 次第(しだい)篝屋(かがりや)のことも、わかってきた。

 篝屋は、いわゆる「腹黒(はらぐろ)」とは違うようだ。陰口(かげぐち)をたたいたり、人に(いや)がらせをしたりすることはなく、完全に自分のなかだけに闇の部分をしまっている。


 たまに少しだけ()らしてしまうことは、あるのだろうが……。


 あの日以来、当の俺に、心のなかでどんな残虐(ざんぎゃく)陰惨(いんさん)なことを考えているのか伝えてくるようにもなった。


 篝屋(かがりや)が俺に()()ける心のなかの考えは、とても(だれ)かに伝えられる内容ではなく……伏せ字にしてネットに書き込むことすら、はばかられる。

 確かに俺なんかでは、たちうちできない。しかしあくまで言葉だけであり、その計画を実行することも、そこにストレスをかかえて()()らしをすることも、しない。


 では、みんなに……いい顔ばかりしているかというと、そうでもなく、表面的には無垢(むく)でフレンドリーである一方で、総合的には人に()びない態度をつらぬく。

 ある(しゅ)の「ぶれ」をいだきながらも、(しん)に自分として生きている……。


(トワは姉と妹の、俺は弟と兄の、篝屋(かがりや)は善と悪の、アルミラは光と闇のあいだにいるんだ)


 本来、篝屋は俺たち双子(ふたご)とも、ヴァンパイアとも関係ない。

 ただの後輩(こうはい)だ。


 でも――どこか、ぶれているのは一緒らしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ