表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

暗い天の川

 ――今年の伝統的七夕(でんとうてきたなばた)の日。


 電車を乗り()ぎ、俺とトワは例の村を訪れた。


 そこは、山の中腹(ちゅうふく)にある。

 肉眼(にくがん)でも星のよく()える場所として有名である。


 毎年、旧暦(きゅうれき)の七夕に合わせて、村は小さな(まつ)りを(もよお)している。祭りといってもドンチャン(さわ)ぎをするものではなく、観光客や地元の人が短冊(たんざく)に願い事を書いて、それを(ささ)にくくりつける程度……。


 ちょうちんにぼんやりと照らされた、願い事の数々を見て回るという静かな(もよお)し……。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。


 星空を見る場合は、村の外れの原っぱに()くことになる。

 道沿()いの笹から垂れる短冊(たんざく)を目に入れつつ、俺とトワは目的の場所に向かう。


「あしたも、ごはんが食べられますように」


「世界が元に戻りますように」


「おりひめさまと、ひこぼしさまのように、うちも幸せでありますように」


「自分の(ちから)で、願いをかなえられますように」


 目についた願いを交互に読んでいくうちに、いつの()にか目的地に到着する。

 ほんの少しかたむいた原っぱに立つ。

 坂の上のほうを向く。


 明るい夜なので、まわりに人がちらほらいるのが、よくわかる。セミの声も、遠くの森から(とど)いている。

 ……だが俺もトワも、そんなことは忘れて、いつもとは違う空に視線をそそぐ。



 薄雲(うすぐも)が少し散る。

 時刻は午後八時半。


 比較的、あたりの空気は(すず)しい。

 風は軽く、トワの髪を(わず)かに()らす。

 とはいえ虫も一定数いるので、二人とも長袖(ながそで)(なが)ズボンである。


 透明な空に多くの星が浮かぶ……。

 それぞれが、地上に(やみ)をふらせている。


 上弦(じょうげん)の月になりかけている黒い月が、西のほうに(ただよ)う。

 その周辺を(さが)し、ダークレッドのアンタレスを見つける。身をうねらせたような、さそり座の星たちを指先で結んでみる。

 さそり座の下半身は、暗い、暗い天の川に(しず)んでいる。


 川の上流を追うために、顔を水平にかたむける。

 (ゆる)やかな蛇行(だこう)を続け、さかのぼっていくと、岸辺(きしべ)(かがや)く『ひこぼし』を発見する。

 大きく、黒くまたたくその対岸(たいがん)から、『おりひめ』が彼に手を振るように闇を返す。


 さらに上には、白鳥座が泳ぎ、二人の再会を見守っている……。


 もっと北に位置する川の表面には、くねくねと曲がったカシオペヤ座が(おぼ)れている。

 さすがに何年も、似た空を見てきたのだから、だいたい星はわかる。


 ただし……新鮮だ。

 今まではダークな色を背景として光っていた星たちが。

 暗闇(くらやみ)をほとばしらせる現象(げんしょう)となって、透明のなかに存在している。


 もちろん明暗が逆転してから、夜空は何度も目に入れた。しかし今は、空気が()みに澄んでいる。星の数や鮮明(せんめい)さが、元々、住んでいる町の比ではない。


 天上の星たちが、透明な空に闇をにじませる。静的であり動的で、絶えず拡大と縮小をくりかえしているようで、見ていて()きが来ない。多くの星がまたたくたびに、体が(ちゅう)に浮いている感覚を覚える。


 光と比べて熱さはない。

 ……だからこそ、その冷たい闇が落ち着いた雰囲気(ふんいき)で空にいざなう。


「ねえ、コトブキ。圧倒(あっとう)されちゃったかな。……こっちも、同じく。いったん天の川から目を(はな)して。そう……わたしの指を、追ってみて」


 (となり)で姉が人差し指を立て、ハスキーボイスを作る。それと一緒にセミの鳴き声も耳に侵入してくるが、なぜか心地よく体のあちこちに(ひび)(わた)る……。


 トワの指先に吸い寄せられるように、西に目を移す。

 黒い闇を落とす月よりも、だいぶ北のほうに、ダークオレンジの一等星が()()めていた。


(暗い夜空のときと比べて、だいだい色が、はっきり見えるような気がする)


 俺は、その星の名を(くち)にする。


「アークトゥルス」


「お姉ちゃんのガイドも……」


 妹は、俺のほうに顔をかたむけ、なにかをごまかすように笑った。


「もう必要ないかな」


「そりゃ毎年こんなことやってたら、話のネタも切れんだろ。でも……たとえ(はな)すことがなくっても、俺はトワと同じ夜空を見ていたい」


「いろいろ高鳴(たかな)るね。双子じゃなかったら、プロポーズと受け取っているところだよ」


「ねーわ」


「……お兄ちゃん、明るい空に広がる、暗い星も、きれいだねっ!」


「俺も、ここまでとは思ってなかった……。いや、もちろん元の夜空もよかったが、もうこのレベルになると比べられるもんじゃない。つっても、(ひと)つ、気になるな」


 ある星を(さが)して、ダークオレンジの近くに視線を走らせる。

 もし存在するなら、強烈(きょうれつ)な闇を発しているはずだ。


 だが……見つけたい星は、浮かんでいない。


「スピカは、どこだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ