別れの前の贈り物
俺たち双子に見守られながら――。
トワの部屋でアルミラが、プレゼントボックスの中身を確認する。
ボックスには、二つのものが入っていた。
ペンダントと鏡である。
アルミラが先に取り出したのは、ペンダントのほうだった。控えめに光を放つ透明な石を金属の台座にはめ込み、そこにヒモをとおした簡易な作り……。
「よかったら、つけてみてね」
トワに促されたアルミラは、カーペットにぺたん座りをした状態で、ペンダントのヒモを首にかける。
(ちなみにトワもアルミラと同じ姿勢)
元から巻いている首輪の上にヒモが位置する格好……。
ひし形の石が、アルミラの黒いブラウスの胸に乗っかるかたちで揺れる。
揺れるたび石の表面から、いろいろな淡い光が漏れる。
左右に垂れかかる青い髪に挟まれて、透明な石は静かにおのれを主張する……。
「つつましくも美しい明るさ……余の好みにドンピシャリだよ」
「うれしいなあ、アルミラちゃんが喜んでくれて。それ、レインボームーンストーンって言うんだって。まあ宝石じゃなくて天然石なんだけどね。なおペンダントはわたしが作った」
「この上ない幸せだ。体の一部にしよう。……飲み込んでいいか」
「えっ、食べ物じゃないよ」
「余は元々、飲食物は口にせん。ただ、光と共に移動する余がこれを身につけたままにするには、自身と一体化させておく必要があるのだ。消化を試みるわけではない。案ずるな」
「それならグイッと、いっちゃって……!」
にやりとするトワにうなずき、アルミラはペンダントを外してヒモごと一気に口に含んだ。
その後、光のなかからふっと現れるかたちで、アルミラの首に再びペンダントが、かたちづくられる……。
「ありがとうな、トワ。きっとケーキを口にしたとき、人間はこんな甘美な気持ちで満たされるのだろう」
ムーンストーンの表面に右の中指と人差し指を添え、アルミラが頭を下げた。
トワは「どういたしまして」と返し、視線をプレゼントボックスのほうに向ける。
なかには、まだ一つ残っている。アルミラはボックスに手を入れて、鏡をつかんだ。二枚貝に似た形状の、コンパクトミラーである。
右手で、それをひらく。内部に鏡が取り付けられている。上部の鏡は平らだが、下部の鏡は、へこんでいる。
「ほう……凹面鏡か。これなら集光できる。明るいのが大好きな余のことを理解したうえで、選んだのであろうな」
上の鏡がワインレッドの瞳をそのまま映し、下の鏡が妖艶な口もとを大きく見せる。
ヴァンパイアは鏡に映らない……と聞いたこともあるが、少なくともアルミラにその特徴は当てはまらないようだ。
(最初から血も吸わず、暗闇が嫌いな例外づくしのヴァンパイアだったんだ。今さらこの程度、「ふーん」としか思わねーな)
ちなみに、明暗が逆転した世界において鏡が通常どおりに機能しているのは、「鏡の根本的な性質が変化していない」からだ。
あくまでアルミラは明るさと暗さを逆転させただけ。光を反射する鏡の特性にまでは干渉していない。よって新しい世界でも、鏡は近くのものを映し続ける。
(ただし現在の鏡は、光のみならず闇をも反射するようになったが……)
とくに横方向の光を生み出しづらくなった今の時代……凹面鏡による集光が注目されている。影に生じる明るい光を一点に集中させ、反射により、その明るさを横に放つのだ。そろそろ自動車のライトや懐中電灯にも応用できるらしい。
「さて、鏡も気に入った。これも余の一部にしたい。コトブキ、よいか?」
「さっさと飲めばいいだろ。つか、なんで」
寄りかかっていたドアに、かかとまでピタリとつけて、俺は固く腕組みをする。
「俺に許可を求めんだよ」
「だって……鏡のほうは、貴様が選んでくれたものだろう?」
「わりいかよ……」
「うれしいのだ。ありがとう」
大きく口をあけて、アルミラはコンパクトミラーをごくんと奥に入れた。その歯並びは、見事なものだった。白い歯が整然とそろっている。ものを食べないのに歯が必要なのかとも思うが、おそらく「最初のアルミラ」を産んだ親の特徴を遺伝的に受け継いだものだろう。
……アルミラが、右手の指を湾曲させる。
見えない球体をつかんでいるかのようなかたちだ。その手の平を水平に倒す。
すると手の上に、さきほど飲んだコンパクトミラーが出現した。
ぱかりとあけ、冷たい表情を鏡面に映すアルミラ……。下部の凹面鏡が、きらりと輝く。
「余は……もらいすぎたかもしれんなあ」
コンパクトミラーを片手でとじ、アルミラは俺とトワの目を見据えた。
「今一度、深謝しよう。ちょいと前なら土下座の一つもしただろうが、コトブキによれば、それだと安いみたいだからな……」
――さて。
アルミラに贈り物をして、数日が経過し……。
ついに旧暦の七夕が来た。
なんとなく俺は、姉が「今年はアルミラちゃんも、さそおう」と提案するんじゃないかと予想していた。
しかし妹は七夕の前日、こう言った。
「あしたは、二人だけで夜空を見ようね……お兄ちゃん」
俺は思い出す。小学三年生のときの記憶だ。
その年、トワは同年代の子どもから髪を乱暴に引っ張られた。どうやら周囲よりも伸びている長髪を快く思わなかった人が、トワの髪を引っこ抜こうとしたらしい。
そこまでのことをやったヤツは、二週間後、遠くに引っ越していった。
ただ、俺たちの両親はトワを心配して、髪を切るのもいいんじゃないかと、さりげなく伝えた。
これにトワが反発して、「一緒に家出して」と俺に頼んできた。それで俺たちは手持ちの金の許す限り電車に揺られ、一つの村にたどり着いた。
そこで星を目にした。くしくも、その日は旧暦の七夕だった。
天の川が、きれいだった。
結局は、両親に持たされていた携帯端末のGPSによって居場所が特定されたが、そのときトワは素直に謝った。両親も、髪についてそれ以上は言わず、トワと俺をだきしめた……。
以降、俺たち双子は毎年、七夕にその村に行くようになった。
中学校に入るまでは、両親が車で送り迎えしてくれた。