表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/31

理由が壊れる

 七月七日の誕生日のあと、俺はトワの言葉を思い出していた。


(明るい空に、こうこうと輝く暗闇たちも素敵だよね……)

(……にしても、これはこれで、きれいかもね)


 トワは、七夕(たなばた)の日を始め、今までどおりの夜空を見たいはず……。

 そう思っていたから、俺は元の世界を取り戻そうと考えていた。

 しかし……妹は、明暗の逆転した世界を受け入れ、そこに楽しみを見いだしている。


(姉さんが(いや)がっていないなら、俺が世界を戻そうとわめき続ける理由は、もうない。トワが受け入れた世界であれば、その世界もまたトワを見捨てたりしないだろう……)


 すべての明暗を戻すための――アルミラとの「交渉」に関しても、もはや、やる必要性を見いだせない。

 ……とはいえ、「気が向いたらそばに呼ぶ」という約束だけは果たし続けた。七夕を元どおりにしなくてもよくなった以上、そんな約束を律儀(りちぎ)に守る意味も消えたのだが……。


 トワはアルミラを()いているし、こちらのメリットが失われたからといって、いきなり無視しだすのは、あまりにも身勝手(みがって)すぎるような気がしたから……呼ぶのをやめなかった。




 ――七月下旬(げじゅん)の三日月の夜。

 俺たち三人はレジャープールを(おとず)れた。


 今年の日本の夏は海水の温度が上がりきらず、現時点で海開(うみびら)きをしている地域は、ほとんどない。そのため屋内プールがいつも以上に……にぎわっている。

 とはいえ夏としては外の気温が低いので、プールに足を運ぶ人が極端(きょくたん)に多いわけでもない。


「お兄ちゃん、水着のサイズはだいじょうぶだった?」


 さっさと着替(きが)えてプールサイドのベンチで待っていた俺に、妹が声をかけてくる。

 水着といっても、長袖(ながそで)でロングパンツの黒いラッシュガード……露出は少ない。トワも、同じものを着用している。男女の区別なく着られるタイプである。


「大きさに問題はないんだが、なんでトワと、おそろいなんだよ……」


「いやー、高校で使う水着として、お母さんが二着、買ってくれてたんだよねー。破れたりした場合に備えてって……。でも結局、宝の()(ぐさ)れになりそうだから、コトブキに着てもらおうと思ったの」


「ハズいって……。まあ、自腹(じばら)も切らず水着を用意しなかった俺が悪いか。……言い訳すると、俺が水着を買っても、あんまり使う機会もなく(かね)を無駄にするだけなんだよな……」


「そういえばコトブキって中二のころからプールや海にさそっても、ことわるようになったよね。なんで?」


 右隣に座りながら、(たず)ねるトワ。

 頭部にゴーグルをつけ、黄色のスイムキャップをかぶった格好(かっこう)。どうやったのかは知らないが、一・五メートルもある髪の毛すべてをそのなかに収納している。


 俺は、自分の頭に右手を置き、ややうつむく。


「そういうの……聞くなよ」


「じゃあ(さっ)する」


「ときに鈍感(どんかん)が美徳になることもあると思うぞ」



愉快(ゆかい)な会話だな……」


 ここで、氷のように冷たい声が(はさ)まれる。

 声の持ち主は、自称ヴァンパイア、アルミラージュ・ムースクイーン。水着に着替え終わった彼女がトワから少し(おく)れて、プールサイドにやって来たのだ。


 アルミラの水着は上下(じょうげ)に分かれている。ただし、おなかの(はだ)は出していない。

 上は(こん)のタンクトップで、背中をほとんど見せないタイプ。下は白いミニのチュールスカート。スイムキャップはダークブルーだが、つばのない一般的なものではなく、ファンタジー作品で魔女がかぶっていそうなものをひとまわり小さくした形状である。


「か……かわいいに限りがない!」


 やっぱり姉さん食いつくか……。


「これも自作なんだよね! 絶妙(ぜつみょう)()けてるスカートからして破壊力高いのに、トップスとボトムスで色が違っていて、どっちの需要(じゅよう)も満たすとか……セパレートであるからこその到達点! (きわ)()きは、水泳帽。従来の地味なイメージを一新する大胆(だいたん)なデザイン……!」


「あまり()めるな、()とて調子に乗る」


 ほんの少しだけ顔を赤らめ、アルミラは俺の左隣に腰を下ろした、


「……トワとコトブキの水着も、かわいいぞ」


(全身をほとんどおおっているラッシュガードに、かわいいも、なにも、あるのか?)


「ありがとねっ。……で、コトブキは、アルミラちゃんに、ひと(こと)ないの?」


「ノーコメントでいいか? 今は男が女に『かわいい』と言っただけで通報されかねない(おそ)ろしい時代だからな……」


「……アルミラちゃん、今の聞いた?」


「しかと耳にした」


「さっきの、アルミラちゃんのこと、『かわいい』って自白したようなものだよね! ……お、おかしー。おなか痛いんだけど……コトブキ、ぼ、墓穴(ぼけつ)掘ってるって……!」


「そこまでツボんなっての。ま、姉さんが楽しいなら、いいけどな……」


 思わず表情が(ゆる)んでいく。

 俺の(のど)からも、小刻みに笑いの息が()れる。


 その刹那(せつな)において。


「くく……」


 なんと表現すべきか、「く」と「ふ」の中間くらいの(おと)を出しつつ、アルミラが(くち)もとを押さえていた。笑っているのだろうか。


(とても小さなものだけど、三か月近く一緒にいて、笑顔を見たのは初めてだ……)


 冷徹(れいてつ)なはずの、ワインレッドの目が細められている。

 しかし彼女は、すぐに相好(そうごう)(ととの)え、普段のクールな雰囲気(ふんいき)を取り戻すのだった。



 あとは……とくにない。

 いわゆる「流れるプール」で、ひたすら流された記憶しか思い出せない。




 後日、想起すると……ヴァンパイアは流水に弱いという説もあるから、アルミラが平然とプールに流されていたというのは、やっぱり変な感じもする。


(いよいよもって、アルミラのヴァンパイアは「吸血鬼」というより「怪物」と(やく)したほうがいいかもしれないな……でも怪物って呼ぶほどに凶暴なわけでもないし、あるいは訳すこともできないんだろうか)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ