第7話 複数相手が常套だ
突然の待ち伏せ。
仕掛ける側も命がけ、受ける側も死活問題。
――狩るか、狩られるか。それが商売だ。
往路の初日は、何事もなく平和に過ぎた。
だが、二日目に入ると風景は一変した。森が深くなり、昼間だというのに薄暗い。木々の背が高く、葉は密に茂り、陽の光は地面に届かない。鳥の声も、風のざわめきも、なぜか昨日より遠く感じられる。
この辺りからが、モンスター出没エリアの境界線だ。静かすぎるのは、あまり良い兆しじゃない。
グローは荷馬車の最後尾で、弩を抱えながら後方警戒に就いている。さすがに今日は酔ってなどいないらしく、目はしっかり開いていた。
俺は昨日と同じく、馬に跨りながらステルビアを咥えていた。
甘味と渋み。
それが舌の上で広がるうちに、神経も徐々に研ぎ澄まされていく。
進路をじっと見つめる。枝の散らばり方、土の抉れ方、風の流れ。違和感の種はいくつもある。
そのうちの一つが、俺の首筋を軽く撫でた。
「ん? ちょっと止まってくれ」
俺は馬首を上げながら、先頭の御者にそう告げた。
「え? どうかされましたか?」
御者が振り返る。その声には、かすかな不安が滲んでいた。
「……ああ、待ち伏せだな」
俺は鞍から降り、道端の倒木に落ちていた乾いた枝を一本拾った。
「……何を?」
「まぁ、見てな」
俺は左手で剣の鯉口を一度だけ切り、音を確かめるように再び納める。
パチリ。
静かな音が響いた次の瞬間、後方からガンガンガンッ、と金属を叩くような鈍い音が響いた。俺たちなりの合図だ。グローの準備も整ったということ。
「荷馬車からは出るな。絶対にだ」
「……わ、わかりました」
緊張で声がわずかに震えていたが、御者は頷いた。
俺は拾った枝を手に持ち、道の先へと軽く放る。枝は地面をかすめるように飛んで――空中の途中で、何かに当たったように不自然に弾かれた。
その瞬間だった。
左右の茂みから、数本の矢が一斉に飛び出してくる。狙いは――先頭の荷馬車。だが、そこに標的はない。矢は空を切り、硬い地面に突き立った。
そして。
両脇の木陰から、矮鬼が五体、次々と飛び出してきた。
だが――奴らの目に映ったのは、止まっている荷馬車ではなく、剣の柄に手をかけた一人の男。
つまり、俺だ。
「……残念だったな」
俺は剣を抜き、地を蹴る。
一歩踏み出した瞬間、最も近くにいた一体の首を、横薙ぎの一閃で断つ。飛び散る返り血を避けるように身体をひねりながら、肘を突き出す。
肘が二体目の顔面に直撃した。骨の砕ける感触。矮鬼が吹き飛び、後ろの木に叩きつけられる。
すかさず、剣を逆手に持ち替え、斜めに斬り込む。三体目の首筋に刃が触れた瞬間、感触が軽くなる。血が飛ぶ。
残り二体。
踏み込みながら右肘を突き出し、四体目の顎に食い込ませる。乾いた音とともに顎が砕け、獣じみた悲鳴が漏れる。
最後の一体が後退しようとした瞬間、俺は左脚に全体重を乗せ、跳ぶように右脚を蹴り上げた。
蹴り脚が矮鬼の喉に食い込んだまま、そのまま背後の木へと叩きつける。
グシャ、と鈍い音が響いた。喉の骨が折れた。もがく間もなく、そいつは崩れ落ちた。
「……終了っと」
俺は剣に付いた血を布で拭き取り、静かに鞘に収める。パチリという音と共に、背後から再びガンガンという音が聞こえた。
グローの側も終わったらしい。
「後ろも完了だ。……さて、出発すっか」
馬に戻ろうとした時、先頭の御者が呆然とした顔で俺を見つめていた。
「強い……」
その小さな呟きに続いて、荷馬車の後ろからピュートが姿を見せる。
「複数相手に、一人で……突っ込むなんて……見たことがありません……」
俺は思わず笑ってしまった。
「敵が複数の時は、先手必勝が基本だ。一撃で一体を派手に倒せば、他の奴らは怯む。そこを一気に潰す。手早く片付けるには、もってこいのやり方だ」
「でも、ガル殿は剣士かと思っていましたが……徒手格闘も?」
「格闘家なんて呼ばれるほどじゃない。状況次第だよ。密集してる相手には、剣を振るうより拳のほうが取り回しがいいこともある」
「見事でした。あの動き、初めて見ました。まるで、別の生き物みたいでした」
……変わった例えだな。
「まぁ、俺の戦い方はマイナーな流派を元にした我流だ。師匠はいるが、今の型は自分で作ったものだよ」
「……すごい……」
尊敬の眼差しを向けてくるピュートの気配を、背中に感じた。
「ハハハ、そう褒められるほどのもんじゃねぇよ。けど、複数相手に対応できねぇ奴は、賞金稼ぎなんてやってられんさ。稼ぐには、少人数で支払いのいい依頼をこなすしかないからな」
軽口を叩きながら馬に跨ると、ピュートがほっとしたように息をついた。
「……安心しました。正直、少し……不安でしたから」
その正直さに苦笑する。そうか、そんなに頼りなく見えてたのか。
「だから言ったろ? 後悔はさせないって」
そう返した瞬間、ふと空気の流れが変わった気がした。
いよいよ戦闘開始です。
ガルの嗅覚的な直感と、グローとの連携が少しずつ見えてきたかと思います。
今後もこういう「地味だけど効いてくる動き」を描いていきたいです。