第66話 魂の在るところ・Ⅱ
目が覚めると、案の定エルウィンが隣で寝ていた。
当然、どちらも生まれたままの姿だ。
「……」
寝息は静かで、顔はやっぱり綺麗だ。昨夜は『魂世界』に引きずられず、久々に熟睡できた。理由は分からないが、エルウィンのお陰だということだけは分かる。
ベッド脇に腰かけ、紙巻煙草に火を点ける。ひと口吸って、ゆっくり吐く。魔術の理屈なんて、魔法もろくに分からない俺には遠い。それでも、最低限のコントロールは覚えないと自分の身が危うい――そこまでは理解した。頭が痛い。
「ガルって、よく溜息吐くわよね」
エルウィンが目だけ開けていた。
「起きたのか」
「うん。煙草の匂いでね」
「悪い。嫌いだったか?」
「ううん。ガルのは平気」
手が伸びて、頭をくしゃっと撫でられる。
「何だよ」
「溜息ばっかり吐いてると、不幸になるわよ」
「もう一生分は味わったからいいよ」
「じゃあ今は返済期間?」
「知るか」
「今、幸せじゃないの?」
答えに詰まる。幸せって何か、考えたことがない。
「一時期に比べれば、幸せなんじゃないかな」
「なんで疑問形なの」
「“幸せ”が何なのか、いまいち分からん。けど、賞金稼ぎとして不自由なく暮らせてる。恵まれてるとは思う」
「つまり、言語化はまだってことね」
「結局いつか壊れる。今が良くても明日は駄目かもしれん。そう思うと焦る」
「ガルは生き急ぎ過ぎ」
「グローにも言われる。けど他の生き方を知らん」
「不器用だね、ほんと」
エルウィンが上体を起こし、シーツを肩まで引き上げた。
「で。昨夜、降りなかった。何故だ?」
純粋に不思議だった。あれだけ呼ばれていたのに、落ちないで済んだ。
「簡単。ガルが闇に寄り過ぎたから、私が手っ取り早く引き剥がした」
「手っ取り早く?」
「儀式で中和するには印と準備が要る。時間も道具も無かった。最短で確実なのは、光属性の私と同調すること=寝ること。混ぜて薄めて、闇から距離を取らせる。昨夜はそれだけ」
言い方はさらっとしてるが、言ってることは容赦ない。
「理屈はよく分からん」
「身体は分かってるでしょ。眠れたから」
「……まぁ」
エルウィンがにっこり笑う。
「ただし、これは荒療治。毎回これで誤魔化す気はないわ。ガルは魔術師の訓練を受けてない分、魔素への耐性が低い。耐性を上げる訓練は必要なの」
「使う気がなくても、コントロールは必須か」
溜息が漏れる。
「とう!」
「あだっ!」
唐突に手刀が頭に落ちた。
「何すんだ!」
「また溜息」
「癖だ、仕方ない」
「仕方なくない。今の一回は“よし、訓練する”に置き換える」
「……分かったよ。訓練する。呼ばれたら半歩引く、近づかない」
彼女は満足そうに頷いた。
「あの後、どうなった?」
「あの後?」
「俺が街に戻った後の依頼の話だ」
「ああ。魔術師の方は――言わなくても分かるでしょ。問題は匿ってた村。把握してたのは一部だけ。ただ、その“一部”が全員、村の重役だったわ」
「処遇は?」
「軍とギルドで協議中。二十人分の被害、死者なし。でも軽くはできない」
「代表一名の死罪、他は罰金刑あたりで落とすかもな」
「分からない。村の運営にも直撃するから、線引きが難しい」
俺は二本目に火を点ける。エルウィンがそれを取り上げ、ひと口吸って返してきた。
「圃矮人の子は?」
「元気。外傷なし。目はまだ揺れるけど、すぐ戻ると思う」
「そうか。良かった」
胸の奥のざらつきが、少し取れた気がする。
「今回も役立たずだったな……」
「とう!」
「あだだ!」
二発目。同じ場所だ。
「何なんだよ!」
「“だったな”で自分を締めるの禁止。今回は反省、次は役に立つ。はい言って」
「……次は、役に立つ」
「よろしい」
エルウィンが俺の首に腕を絡めて寄り、唇を軽く当てた。
「ちょっと待て。魔素は中和されたから、もう必要ないんじゃないか」
「何が?」
「……いや、その、だな」
「ガルには女心が分からないのかしら?」
「はぁ……」
「また溜息。拗ねるわよ?」
「言ってろ」
軽く笑って、彼女はシーツを引き上げる。
俺達はもう一度、身体を重ねることにした。




