第63話 真相を明らかにしたい
「最後の襲撃から、もう二日だな。手駒は出尽くしたか」
「恐らくな」
結局、襲ってきたのは累計二十人ほど。この辺りで行方不明になっていた連中と一致する顔ぶれだ。全員の洗脳を解き、街へ送り返した。今夜は村へ入る。無関係な者に刃を向けない、それだけは外せない。
「魔術師はエルウィンが抑える。俺とお前は暴れるだけ」
「うむ……しかし、上手くいくかの?」
「上手くやるしかないだろ」
村道の途中から森へ折れる。操られていた者がどこから出て来たかは、すでにエルウィンが洗っていた。最初の納屋はただの倉庫。本命は村の近く、誰も寄りつかない林の奥にある一軒家だった。五人は住めそうな大きさで、造りは簡素。材の匂いはまだ新しい。魔術残滓が薄く漂っている。
「人の気配がないのぉ……」
外周を回りながらグローが低く呟く。
「操られてた連中は全員解放できた。補充してなければ、ここは空だ」
「なら踏み込むかの」
「証拠が出ればいいがな」
近づいてノブに手を掛ける。鍵は掛かっていない。軋みを殺して押し開けると、薄暗い室内には生活の温度がない。テーブルも椅子もないリビングの中央に、黒い塊がひとつ。
「ん?」
目を凝らす間もなく、グローが俺を押しのけて中へ出た。瞬間、黒い塊の縁がキラリと光って跳ねる。
「危ない!」
飛びかかって来たそれを、咄嗟にグローの脇を蹴ってかわし、胸元で抱え込む。小さい。手に刃。
「何なんだ!」
立ち上がったグローが息を荒くする。腕の中の黒い塊の正体は、ナイフを握った圃矮人の子どもだった。瞳に焦点がない。声も発しない。
「最後の手駒だな」
この子が跳ねた瞬間、家の奥から何者かが逃げる気配。エルウィンはそれを追った。
「エルウィンを呼ぶべきか。洗脳を解かにゃならん」
「無理だ。犯人を追った」
「ならどうする?このままでは暴れるぞい」
「まず落とす」
首筋に手刀を入れる。体から力が抜けたところで床に寝かせ、胸に手を置く。エルウィンから教わった“解き方”を頭の中でなぞる。例の印を思い描き、そこへ魔素を満たす。短く息を吐き、その印を掌から押し出す。
ぱち、と静電気が走ったような感触。小さな体が一度だけ大きく震え、黒い煙のようなものが胸の上で揺らいで霧散した。呼吸が落ち着く。
「出来たのか?」
「多分な」
しばらくすれば目が覚めるはずだ。袖口には小さな鈴飾りが縫い付けられている。子どもを使えば、大人の警戒は緩む。質の悪い罠だ。
「こんな子供まで操っていたとはな」
「相手が子供なら大人は油断する。ブービートラップと同じだ」
「つまり、この子が最初の被害者か」
「そう考えるのが自然だろう」
ここに置けば、また誰かが使う。休憩所へ連れて戻し、すぐに合流した方がいい。
「この子は休憩所だ。俺が連れて行く。お前はエルウィンを追え」
「足はお主の方が速いからの、すぐ来い」
「任せろ」
背中は軽いのに、胸の奥は重い。寝袋に寝かせ、毛布をかけ、「ここで大人しく寝てろよ」と声を落とす。水で唇を湿らせ、もう一度走る。家を通過し、エルウィンが残した目印――折れた枝、草の結び、樹皮の浅い刻み――を拾っていく。
一キロも走らないうちに、空気の層が変わった。茂みの陰で二つの気配が息を潜めている。近づいて同じように身を伏せると、エルウィンが顎で示した先、巨岩の陰に洞窟が口を開けていた。
「中ね。深くはない。気配からして四人」
湿った冷気が頬に貼りつく。水滴の音が遅れて聞こえた。
「四人か……」
「全員が魔術師と見ていいわ。どうする?」
グローが斧の柄を握り直す。
「突っ込むしかないであろう」
「馬鹿を言うな。相手の戦力も、護衛も、抜け道の有無も分からん。数で勝る相手の巣に突っ込むのは悪手だ」
「しかし、待っておっても埒が明かんぞ?」
確かに、ここで待てば時間は食う。別の出入口から抜けられる可能性もある。
「俺が偵察する」
「私が行くわ」
エルウィンが一歩前に出る。目が闇へ馴染む速さは、いつ見ても早い。
「危険だぞ」
「私は野伏。偵察くらいできる。それに、魔術に対する知識もある。私の方が罠や印に気づける」
「うむ……」
「エルウィンの言う通りだ。ワシとガルには魔術の知識がない」
「分かった。俺とグローは入り口を押さえる。戻って来たら一気にいく」
エルウィンは頷き、音もなく岩影へ溶けた。洞の奥から、湿った風がゆっくりと吐き出される。刀の柄に指を添え、投げ小剣を二本、指に掛ける。グローが鼻で息を鳴らした。
「合図は?」
「エルウィンの笛だ。聞こえたら、まず術者の口を封じる」
「口は殴れば塞がる」
「そういう意味じゃない」
くだらないやり取りで、肩の力が少し抜けた。外堀は埋めた。あとは本丸を叩くだけ。準備は整っている。合図を待つ。湿った冷気が、頬から首筋へゆっくりと降りていった。




