第62話 まず外堀を埋める
夜ごとに忍び寄る異様な影──それは操られた仲間たちだった。
ガルは生け捕りを最優先に、まずは外堀を埋める作戦を選ぶ。
囮となって手駒を削り、相手の出方を慎重に探る夜戦の連続が始まる。
緊迫と妙な間の抜けたやり取りが混ざる、読みやすい駆け引き回です。
異様な気配で目を覚した。
草むら越しに空気が震えるような感触が伝わってくる。音はない。だが、確かに何かが動いている――そう直感した。
気付かれないように寝たふりをする。グローも起きているだろう。すぐに投げられるように、右手には投げ小剣を二本しっかり握りしめた。息を殺すと、体中の血の音だけがやけに耳につく。
数は五人。休憩所を遠目から包囲し、にじり寄るように少しずつ近づいてくる。三十メートルほどか。歩みは人の歩調とは違い、どこかぎこちない。木陰を盾にしながら、音もなく迫ってくる。皮膚に張り付くような嫌な臭気が鼻をかすめた。――禍々しいものが、こちらに向かって来ている。
木を盾にして構えを取り、目だけで相手を追う。投げるタイミングをうかがうが、木々の陰に潜られては狙いが定まらない。これが洗脳された者なら、術者の腕は相当のものだろう。
グローが寝返りをうつ。連動するように、近づいていた五人の脚が一瞬にして止まる。こいつ、寝てないんじゃないか――と思う間もなく、再び足が進み始める。もう一歩で休憩所の縄張りに踏み込むところだ。投げる準備を整えた瞬間、木の陰から一斉に矢が飛んだ。ヒュン、と金属が風を切る音。次の瞬間、五人それぞれの大腿部に矢が突き刺さり、全員が膝を折って崩れ落ちた。
「!?」
俺が声を漏らしかけたところで、上から声が降ってくる。
「ガル、待って。殺しちゃダメよ」
エルウィンが木の枝を伝って降りてきた。彼女の投げた矢が最初の一撃だったのだ。落ち着いた動きで、彼女は床に伏せた僧侶の胸に手を当てる。柔らかな光が指先から伝わるかのように見えた。短く息を吐くと、僧侶はガクリと力を失い、ゆっくりと目を閉じた。
「折角殴り合えると思ったのにのぉ」
悔しそうにグローが立ち上がる。だが俺は五人を見下ろし、冷たいものが背筋を走る。彼らは先日行方不明になっていた五人と、外見も職も一致している――だが呻き声ひとつ上げず、まるで人形のようにうずくまっている。
「今、助けるね」
エルウィンは淡々と言い、残る四人も順に同じ動作で脱力させた。彼女の所作は洗練されていて、洗脳が解けるたびに筋肉が戻る音と共に小さな啜り泣きが漏れた。
「何をしておるのだ?」
「洗脳を解いているの。朝にはちゃんと目が覚めるはずよ」
「フム……」
三人で手分けして抜いた矢の血を拭き、止血を施す。傷は深いが死に至らせるほどではない。エルウィンの手当ては早い。五人をテントに寝かせ、暖を取りながら会話を交わす。
「予想通りか?エルウィン」
「ええ。恐らく、俺達を仲間にしようとして出した斥候よ」
「ご苦労だのぉ」
「とりあえず、こいつらは明日街に返す。近くの村で馬を借りて送り届ける手はずを付ける」
「問題は、これで襲撃が終わるかどうかだの」
「明日も来るかもしれんぞ」
「次は六人かの?」
「恐らく。向こうの手札を全部出し切らせるまでやるつもりかもしれん」
俺たちは慎重に話を詰める。エルウィンは辺りを見回し、視線を細める。
「今のところ、私達を目視で監視できる生物はいない。魔術的な監視も感じられない」
「探りに来るとすれば、明日以降だろうな」
「そうね」
翌朝、五人に馬を与え、状況の説明を書いた文書を持たせて街へ返送する。彼らは襲撃の記憶を持たなかった。目覚めた際には自分が何をしていたか分からないという。エルウィンの存在は伏せ、街への連絡役を依頼した。今は、街へ向かった彼らの様子を遠目で確認できる地点からここを離れた。
グローが双斧の刃を撫でながら、苛立ちを露わにする。
「どの村に隠れてるか分かってるなら、さっさと攻めた方がよくないか?ガル」
俺は冷静に首を振る。
「ダメだ。まだ手駒が残ってる可能性が高い。昨日も言っただろ?まずは外堀を全部崩すんだ」
「本体を叩けば済む話じゃないか?」
「本体の規模も、護衛の有無も、連携の有無も分かってない。突っ込むのは自殺行為に等しい」
グローはむっとした顔で鼻を鳴らす。待つことが何より苦手な奴だ。俺は彼の気持ちも分かる――だが、ここで焦って手駒を殺してしまえば、真相にたどり着けない。生け捕りで得る情報は、戦力以上の価値があるのだ。
「分かっているが、黙って待つのは辛いぞ」
「焦るな。お前が先に動いて向こうに捕らえられたら、俺が真っ先にお前を見捨てる理由が出来てしまう」
「ムム……」
その夜も、案の定襲撃は続いた。二日目は手口が少し変わり、操られた者たちの歩き方にひどくぎこちない震えが混じるようになった。三日目には巧妙に罠めいた仕掛けが忍ばされていて、勢いに任せていればこちらが不利になるところだった。毎回、エルウィンの矢と手当で事なきを得るが、向こうの出方は明らかに変化している。
外堀を埋める作戦は順調とは言えない。だが情報は少しずつ集まっている。相手の術式の使い手が焦りだしたら、その時が本体を誘い出す好機だ。俺たちは忍耐を選んだ。刻一刻と、勝負の時が近づいている。
お読みいただきありがとうございました。
第62話では「急いで殴るよりも、まず手駒を奪う」というガルの合理的な判断が光りました。
夜襲の連続を経て、相手も徐々に本性を露わにしていきます。
次回は、外堀で削った情報を元に、本体側の出方をどう誘い出すか――。引き続きお楽しみに。




