第61話 魔術なんて知らない
森の奥で交わされる、魔術の断片と過去の痕跡。
今回はガルとエルウィンが魔術の“仕組み”と、それが意味する危険性について静かに突き合わせる回です。
印や魔素といった設定の説明が入り、ガルの過去と今回の事件がより繋がって見えてくるはず。
行動と知恵、そして不安が混ざり合う静かな前哨――どうか耳を澄ませて読んでください。
「ガル、どう思う?」
エルウィンが軽く問いかける。俺たちは休憩所から少し離れた木立の中にいる。午後の陽が木漏れ日になって、影が長く伸びていた。
「何の話だ?」
「盗賊の中に魔術師がいる――って話よ」
エルウィンの声は平然としているが、瞳は真剣だ。魔術――この辺りじゃ滅多に出ない言葉だ。俺は葉擦れを聞きながら息を吐いた。
「あの村には人間しかいなかったぞ。人間の魔術師が潜んでるってのか?」
「私がいた古代ならともかく、人間の魔術師が現代で……。しかも、あなたの印と系統が似てるのよ」
エルウィンはそこまで言って、ガックリと肩を落とした。
「どうした?」
「『私のいた古代』って、何だか私が化石みたいじゃない……」
「自分で言ったんだろうが。それに、化石ってのもあながち間違いじゃないぞ?」
冗談のつもりで言ったが、エルウィンはギロリと俺を睨んだ。
「冗談だって」
「化石がこんなに柔らかい訳ないでしょ!」
エルウィンは俺の手を掴んで、自分の胸に押し当てた。柔らかい感触。
コフィーヌの胸を触ってしまった時の事を嫌でも思い出した。しかし、コフィーヌの時よりも柔らかさや重みが違う。
可哀想だが、圧倒的にエルウィンの勝利である。
……、何の話だ?
「だから冗談だって言ってんだろ!」
「照れてるのかなぁ~?」
「んな事やってる場合かよ!」
俺はエルウィンの手を振り払う。
「もし、魔術師が暗黒種族だったとして、それを村が匿ってる可能性がある」
「そうね。だとすれば盗賊行為の幇助って事で、村ごと処罰されるんじゃないの?」
「その通りだ。村ごと消され兼ねない」
「……、村人全員が操られてるって可能性もあるわよ?」
「そんなの不可能だろう?」
「魔術師の技量によるけど、問題は持続する為にはかなりの魔素を消費する事ね。人数によっては数分と持たずに心臓が破裂する」
「それだけの負荷が術者に掛かるのか。複数でやっている可能性は?」
「有り得るけど、そうなると魔術師の大部隊がいる筈」
「はぁ、どう転んでも村は消える運命じゃないか?」
「かもしれない……。だからこそ、どうするつもりなの?正義の味方さん?」
「その呼び方はやめろ。正義なんて虫唾が走る。とりあえずは、襲ってきた奴を捕まえないと何も始まらんだろ?」
「……」
「どうした?」
エルウィンの歯切れが悪い。何か懸念があるのか?
「言いたい事があるな言えよ、エルウィン」
「前、ガルに聞こうとしたじゃない、『その印は何処で貰ったの?』って」
「あぁ、あれか」
「で?それは誰から貰ったの?」
「……、俺の貰ったその印って奴が、お前が懸念してる事なのか?」
「質問に質問で答えないで欲しいんだけど……」
「悪い。エルウィンには話す。むしろ、エルウィンにしか話せない事だ」
そう言って俺は、魂世界で魔王軍のウラグと話た事、その時にウラグからシンボルらしきものを貰った事を説明した。
「なるほどね、そういう事だったのね」
「で、俺が貰ったあのシンボルみたいなのが、お前の言ってる印なんだな?」
「ええ、魔術を行使するためには魔素と印、方向性を示す呪文が必要になる。印っていうのは基本的には親から子へと受け継がれていくものよ。いわば、『魔術研究の成果』が印なの」
「魔術研究の成果……?」
「魔術師は常に自らの魔術を研究し強化する。魔術が強化されるごとに印は複雑なものになっていくわ。それを自分の子に譲る。そして子も魔術を研究し強化する。そうやって受け継がれてきた印はより複雑になり、より強い魔術を行使できるようになる」
何となく分かった。印が複雑になればなる程、強い魔術師である証拠という訳だ。
「そして、その印にも系統がある。今回使用されたと思われる魔術印の系統は、ガルの印と同じ流れ。貴方の言った事が本当なら、確実に魔王軍関係の魔術師の筈よ」
「系統ねぇ……。ところで、さっき言ってた『方向性を示す呪文』ってどういう事だ?」
「まずは、魔術の運用方法について説明するわ。これを理解してないと使えない」
「別に使いたいわけじゃねーけど……」
「初めに、印に魔素を送り込む。魔素で満たされた印は、『空気を吹き込んだ風船』みたいな感じだと思って」
「ふむ……」
「そして、呪文は印のどの部分を使うかを指定するの。印は作動させる場所にって発現する魔術が変わる。例えるなら、魔素を溜め込んだ印が膨らんだ風船なのに対して、『針を刺す位置を指定する』のが呪文ね」
全く持ってチンプンカンプンだ。とりあえず分かったのは、印に魔素を溜め込み、呪文で放出するって事か。
「てか、さっきから言ってる『魔素』って何なんだ?」
「簡単に言えば魔力と同じ様なものよ。ただ、魔素が生まれるのは『精神世界』ではなく、『魂世界』。そこから引き上げた魔素を印に注ぎ込む」
「魔力は魔法使いが体内で精錬するんだろ?魔素も精錬するのか?」
「魔素は精錬を必要としないわ。『魂世界』から汲み上げ、そのまま印に流し込める。術者の練度が高ければ、無尽蔵に魔術を使える」
「……、はぁ?」
「魔法と魔術で大きく違うのはそこじゃないかしら?でも、誰でも出来る事じゃない。本人の練度以上の事をしようとする、心臓が文字通り破裂する。肉体の方が耐えれなくなる訳ね」
「魔術、怖ぇ……」
「そんな大魔術師なんて神話の世界の話よ。現実としては有り得ない」
何となく理解出来た気がする。とは言っても、俺がやるべき事は盗賊退治であって、魔術の行使ではない。
「まぁ、魔術の何たるかは分かったが、肝心なのはそこじゃなく、犯人が誰で、関係者がどれだけいるかだ」
「そうね……。とりあえず私は、誰かさんの命令で上で寝るわ。何かあったら自分達でどうにかしてね」
「分かってる。前衛が2人もいるなら大丈夫だ」
「ホントかなぁ~」
エルウィンは少々心配そうな顔をした後、音も立てずに木の上へと移動した。
お読みいただきありがとうございました。
今回は魔術(=魔素+印+呪文)の概念を掘り下げ、ガルの持つ「印」が単なる謎以上の意味を持つことを示しました。
直接の戦闘はまだ先ですが、伏線は確実に張られています。
次回は、エルウィンの木上観察とガルたちの立ち回りが本格化します。引き続きお付き合いください。




