第59話 人使いが荒いわね
街へと駆け戻ったエルウィン。
フィロー商会とギルド事務長──二人のキーパーソンへ、ガルからの手紙を届ける。
誠実な商人ピュートと、妖艶な事務長ベルベット。
そして久々に顔を合わせるセリファ。
慌ただしい用事の中で、エルウィンは束の間の安らぎを得る。
私は思わず本気で走ってしまった。
気づけば、半日もかからず街の南門へと辿り着いていた。
石壁の向こうに広がる人の気配。馬の嘶き、屋台の喧噪、鼻をくすぐる焼きパンの匂い──。
森の不気味な静寂から一転、胸の奥に安堵が広がる。
「ふぅ……やっと着いた」
息を整えつつ、ガルから受け取った手紙を取り出す。
宛名には、フィロー商会のピュートと、ギルド事務長のベルベットの名。
王都研究所で翻訳の手伝いをしたおかげで、現代耳長人語の読み書きは問題ない。
日常生活で困ることはもうないけれど──こういう使い走りは、やっぱり緊張する。
「まずはピュートさんね」
†
フィロー商会の事務所に入ると、圃矮人たちが慌ただしく行き交っていた。
受付で名を告げると、間もなくピュート本人が現れる。
「これは!エルウィンさん!」
「お久しぶり、ピュートさん」
「噂でこちらに移り住んだとは聞いていましたが……まさか直接お会いできるとは!」
「私もご挨拶に伺うべきだったのに、すみません」
「いえいえ!むしろ私が伺うべきでした。申し訳ない」
相変わらずの丁寧さに、思わず頬が緩む。
けれど今は、急ぎの用件がある。
「ガルからの手紙を預かってきたの。目を通してもらえる?」
「手紙ですか……?」
首を傾げながら受け取ったピュートは、読み進めるうちに表情を引き締めた。
「……なるほど、承知しました。少し調べて、明日の午前中までに書類をまとめます。再度ご来社いただけますか?」
「ええ。……でも、何を調べるの?」
「あれ? 内容をご存じない?」
「私はただの配達人。封は開けてないわ」
「でしたら、明日の説明まで楽しみにお待ちください。──まずはこちらを」
手紙を返してくるピュートに礼を言い、次の宛先へ向かう。
†
冒険者ギルド。
受注カウンターで事務長ベルベットを呼び出すと、受付嬢は怪訝そうに眉をひそめた。
「事務長ですか……?ご用件は?」
「ガルからの手紙をお渡ししたいの」
ガルの名を出した瞬間、空気が少し変わった。
しぶしぶ受け取った受付嬢が奥へと消える。
やがて、艶やかな香りをまとった女性が現れた。
豊満な体躯に落ち着いた所作──まるで一歩ごとに空気を支配していくようだ。
「貴女がエルウィンさんですね。ガルさんのお使いと伺いました」
その視線に射抜かれ、思わず背筋が伸びる。
同性の私ですら、息を詰めそうになる色気。……ただ者じゃない。
「はい。火急の手紙です」
「拝見しました。こちらも調べ、明朝までに書類を仕上げます」
「ありがとうございます。では、明日伺います」
立ち去ろうとした瞬間、ベルベットが呼び止めた。
「あぁ、それと──」
「何でしょう?」
「経費は報酬から天引きと書かれていましたが、今回は不要です。依頼に関わる重要資料ですから」
にこりと微笑む顔に、底知れぬ圧を感じる。
「……お伝えします。ありがとうございます」
「良しなに」
魔女め……。
私は思わず足早にギルドを後にした。
†
「とりあえず、ご飯!」
半日走り通しで腹は空っぽ。
いつもの大将の店に入ると──
「エルウィン!?帰ってきたの!?」
カウンター越しにセリファが目を丸くした。
うん、やっぱり可愛い。
「ガルに頼まれて戻ってきただけ。また明日には出発よ」
「忙しいのね……とりあえず座って。いつもの葡萄酒でいい?」
「お願い」
端の席に腰を下ろし、埃まみれのブーツを見て後悔する。先にお風呂に入るべきだった。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
「今回も厄介事?」
「かもね。商会とギルドに調べ物を頼んだみたい」
「ふぅん……なんでガルたちの依頼って、いつも一筋縄じゃいかないのかしら」
「厄介者ってことじゃない?」
「褒めてる?」
「もちろん嫌味よ」
二人で顔を見合わせて、クスクスと笑う。
けれど──ガルの依頼は結局いつも根本を解決している。
だからこそ、ギルドでの評価は高い。
私は葡萄酒を一口飲み、心の中でそっと呟いた。
──やれやれ、ほんと人使いが荒いわね。
お読みいただきありがとうございました。
今回はエルウィン視点で、街に戻ってからの動きを描きました。
彼女が出会った人々は、それぞれが次の展開を左右する存在となります。
明日には調査結果が揃い、再び仲間たちの元へ戻ることに。
次回、情報を携えたエルウィンが合流することで、物語はいよいよ核心に近づきます。




