第5話 こっちはこっちのやり方がある
夜明け前、街を抜けて任務へ向かう。
抜けない酔いと、張り詰める空気。
それでも彼らは、“自分のやり方”で動く。
出発当日。まだ夜が明けきらぬ頃、俺とグローは静まり返った街を歩いていた。
通りの石畳は朝露に濡れ、足音がいつもよりやけに響く。遠くの空がほんのり白み始めているが、街灯の明かりがなければ足元もおぼつかない。店はどこも閉じられ、通りには人影すらない。寝静まった街というのは、妙に広く感じる。
「眠いのぉ……」
グローが欠伸をしながら、腕を振って肩を回す。口が裂けそうなほどの欠伸だ。
「……グロー、酒臭いぞ」
思わず顔を背ける。
昨日の晩、別れたあと少し嫌な予感がしていたが、まさか本当に飲みに行っていたとはな。
「なぁに、ワシにとって酒は燃料だ。飲まんと逆に身体が動かん」
「お前、今回は護衛だぞ。商人相手の客仕事だっての、分かってんのか?」
「ワシはワシのやり方でやるだけじゃ。問題あるか?」
……こいつに何を言っても無駄だということは、長年一緒にいる俺が一番知っている。
それにしても、ピュートの顔が今から目に浮かぶ。気絶するんじゃなかろうか。
そんなことを思いながら歩いていると、フィロー商会の事務所が見えてきた。
建物の中からは煌々と明かりが漏れており、扉を開け放ったまま出入りする圃矮人たちが、せわしなく荷の確認や積み込みに動いている。
小柄な彼らが大きな箱を器用に担いで運ぶ姿は、まるで蟻の行列のようだ。見た目の印象からは想像できないほどの力と連携。圃矮人が“おっとりした種族”だなんて話は、商売の現場には通用しないというのを、俺は昨日の応対で痛感したばかりだ。
「これはこれはお二方、お早いご到着で! おはようございます!」
ちょうど箱を抱えて出てきたピュートが、俺たちに気づいて駆け寄ってきた。朝から張り切っているようだ。
「朝から精が出るな。感心するぜ」
「ただいま荷物と書類の最終確認を行っております。あと少しで準備完了ですので、もうしばらくお待ちください」
ピュートは笑顔のまま一礼し、再び小走りで事務所に戻っていった。
俺がため息をついている間も、グローは相変わらず欠伸を連発している。目もどこか虚ろで、まだ半分寝てるような様子だ。
「……」
事務所の方を見ると、ピュートが顔だけ覗かせて手招きしている。
「ちょっと便所借りてくる」
グローにそう告げ、俺は事務所へと足を踏み入れた。
中では10人ほどの圃矮人たちが、帳簿を開いて荷札と照らし合わせたり、積荷のひとつひとつを指差し確認したりと、忙しく立ち回っている。昨日の段階でかなり準備は進んでいたようで、空気はどことなく落ち着いていた。
そんな中で、ピュートがひときわ深刻そうな顔でこちらに近づいてきた。
「ガル殿……たいへん申し上げにくいのですが……」
「グローのことだろ?あんな状態で大丈夫なのかって」
「ええ、そうです!昨日は偉そうな口ぶりだったのに、今朝はあの酒臭さ!圃矮人の従業員たちも呆れて……商会始まって以来ですよ!」
ピュートが本気でうろたえている。声を潜めてはいるが、耳がぴくぴくしてる。
「酒好きな種族だから、大目に見てやってくれよ」
「好きとか嫌いとかの話じゃありません! いざという時に動けるんですか!? そもそも、護衛が二人だけというのも不安なのに……商品に何かあったら、私の首が飛ぶんですよ……!」
かなりの動揺だ。ピュートの心配性が出ているが、それも仕方ない。
元々圃矮人は慎重な性格の者が多い。だから盗賊や義賊に向いているとされるし、それはそのまま商売にも応用が利くのだろう。
確かに、朝から酒の匂いを漂わせているグローを見れば、不安になる気持ちも分かる。
「心配しなくていい。俺とグローは長年組んできたベテランだ。何かあれば、すぐに動ける」
「ですが、荷馬車は三台あるんですよ!? 例えば、三方から同時に襲撃されたら――!」
「そんな状況にはならんさ」
「根拠はあるんですか?」
「ま、あると言えばあるし、ないと言えばないな」
俺は肩をすくめて、少し口角を上げる。
「けどまぁ……そのうち分かるさ。俺らを雇ってよかったって、そう思わせてやるよ」
ピュートは少しだけ目を丸くし、そして小さく頷いた。
俺はそれだけ言って、事務所を後にした。
外の空は、いつの間にか群青色に染まりつつあった。まだ朝日そのものは昇っていないが、東の地平線がじわじわと明るくなり始めている。
「そろそろ出発するぞー!」
先頭の荷馬車で荷の確認を終えた圃矮人が声を張り上げ、馬のたてがみを撫でたあと、軽やかに御者台に乗り込む。それを合図に、他の御者たちも手綱を握った。
「じゃ、行きますか」
「前は任せたぞい」
俺は輸送隊とは別に用意された馬に跨り、グローは最後尾の荷馬車に乗る。ピュートは真ん中の荷馬車に、書類の束と共にすべり込んだ。
「しゅっぱーつ!」
掛け声とともに、馬車がゆっくりと動き出す。
まだ静かな街の石畳を、車輪が規則正しく叩き始めた。
護衛任務、いよいよ出発です。
グローの“燃料”や、ガルの不器用な気遣いなど、日常描写を大切にした回です。
次話からはいよいよ戦闘に片足を突っ込みます。