第58話 さっさと尻尾を出してもらおう
失踪した僧侶の足跡を追い、森の奥へ進むガルたち。
静まり返った森が導いた先は、不自然に拓かれた空き地と小さな納屋。
そこに残されていたのは──盗賊団の装備。
真相は「外から来た賊」ではなく「身近な住人」なのか。
翌朝、俺たちは早々に装備を整え、足跡の追跡を開始した。
跡は街道を外れ、西へ伸びている。
細い獣道。人ひとりがやっと通れる幅だ。
踏み固められた様子はなく、まるで──この道自体が、僧侶の足跡によって新しく刻まれたもののようだった。
先頭はエルウィン。俺が後方。
グローはその間を、いつもの調子でどっしり歩いている。
「どこに向かっとるんじゃろうな、この足跡」
「隠れ家だろ。普通に考えりゃ」
「冒険者が自分から隠れ家に入るものか?」
「操られてた可能性が高いわ。他の四人も同じように操られ、監禁されてるのかもしれない」
「精神汚染系の魔法か……。厄介じゃの」
「調べてみりゃ分かる。だから俺たちが来た」
「わかっとるわい」
森の空気は異様だった。
鳥も小動物もいない。葉擦れすら聞こえず、まるで草木までもが息を潜めているようだ。
肌にじっとりとした湿気がまとわりつき、鼻を刺す生臭さが風に混じって漂う。
「……おかしいわね。静かすぎる」
「獣の気配がせん。生き物が避けておる」
「誰かに見られてるような……背に張り付く感じがする」
「慎重に行くぞ」
右手に投げ小剣、左手に短剣を構え、背後を警戒しながら進む。
休憩所からはだいぶ離れた。
地図に照らし合わせても、自分たちの位置が曖昧になりはじめている。
「一度街道に戻った方がいいんじゃないか? 現在地すら見失いかけてる」
「大丈夫。私がいるわ。もう少しで着く」
「……もう少し?」
俺がオウム返しした瞬間、エルウィンが小さく声を上げて小走りになった。
慌てて俺とグローも続く。
「ここは……!」
木々が途切れ、ぽっかりと開けた空間に出た。
直径二十メートルほどの草地。そこだけ森を刈り取ったように、ぽっかりと穴が開いている。
「休憩所……にしては不自然だな」
「商会が街道から離れてこんな所に作るわけない」
「アレを見ろ」
グローが顎で示した先に、小さな納屋があった。
人が一人寝泊まりできるかどうかの粗末な小屋だ。
「ここが隠れ家……?」
「有り得ん。これじゃ六人も入れん」
「なら、ここは倉庫か……」
俺は納屋へ歩を進めた。
「ちょっとガル!」
「慌てるな。罠も仕掛けもねぇ」
「でも──!」
「小娘、ガルを信用せい」
グローの笑い声に背中を押されるように、俺は扉を開け放った。
「……やっぱりだ」
中には、盗賊団の目撃情報と一致する武器や防具が無造作に置かれていた。
革鎧、長剣、粗末な槍。
床には縄が散らばり、その一部には乾いた血が黒く染み込んでいる。
人為的で、しかも急ごしらえの匂い。
「つまり、盗賊団は流れ者じゃなく──地元の住人ってことだ」
†
俺たちは一度休憩所へ戻った。
昼時。簡単に食事を摂りながら作戦を練る。
「納屋からの足跡はごちゃ混ぜだ。数が多すぎて追えん」
「で、どうするのよ、ガル?」
俺は紙に走り書きをしていた。
「手紙を書いてるの?」
「エルウィン、悪いが街まで戻ってこれを届けてくれ」
「誰に?」
「表に名前を書いてある。街の奴に聞けばすぐ分かる」
「お主が行けば早いじゃろ。手間も省ける」
「俺はもう少し調べたい。それに、お前の脚なら一日で往復できるだろ」
「……つまり、私を走らせたいわけね?」
「森を駆けるのは得意だろ。まさか人間の脚に負けるとは言わねぇよな?」
「ほんっと、人使いが荒いんだから」
そうぼやきながらも、エルウィンは手紙を受け取り、最低限の荷を背負って森に消えていった。
「で、何をさせる気だ?」
「すぐ分かるさ。……それより、俺たちは近隣の村に行く。情報収集だ」
「ワシは酒があれば何処でも構わんぞ」
「助かるな。顔の厚さはお前の取り柄だ」
「だが、いきなり訪ねても平気か?」
「何だ、怖いのか?」
「ワシを見縊るでないわ!」
俺は地図を広げ、休憩所から最も近い村を指差した。
徒歩で半日はかかる。今夜はそこで宿を取るつもりだ。
「宿があるなら野宿せんで済むの」
「犯人が住んでる村かもしれねぇぞ。夜襲もあり得る」
「盗賊に負けるわけなかろう」
「油断すんな。毒には特に気をつけろ。解毒薬を多めに渡しておく」
「心得た。飲み食いには注意する」
「全耐性ポーションも先に飲んでおけ」
「分かっとるわ。……さっさと行くぞ」
準備は整った。
俺たちは村に足を運ぶ。
──鬼が出るか、蛇が出るか。
敵が動くのを待つのではなく、こちらから揺さぶって尻尾を出させる。
そういう戦い方のほうが、俺には性に合っていた。
お読みいただきありがとうございました。
今回は、森の中で“納屋”を発見し、盗賊団の正体に新たな可能性が浮かび上がりました。
ガルの狙いは、あえて聞き込みを行い、敵に“尻尾を出させる”こと。
舞台はいよいよ近隣の村へ──。
果たして彼らを待つのは協力者か、それとも敵か。次回もお楽しみに。




