第57話 早々にフラグ回収するのはやめてくれ
盗賊団討伐の依頼を受け、南の街道へ向かったガルたち。
しかし現場で見つけたのは、行方不明となった冒険者たちの拠点跡と、不穏な痕跡だった。
黒い靄のように漂う“残滓”──それは、ガル自身の過去にも繋がるもの。
不安を抱えながら、調査が始まる。
「隠れ家にしやすい場所はどこだと思う? エルウィン」
俺たちは南の街道を歩いていた。
街から一日ほどの距離に被害が集中しているらしい。
この辺りは人通りが少ない。南方は荒れた平野が広がり、その先は砂漠。人影も乏しく、必然的に往来も少ない。
「……洞窟とか?穴蔵みたいな場所よね」
「だが南は平坦じゃ。洞窟などありゃすぐ見つかる。そんな楽な話じゃなかろう」
「グローの言う通りだ。この辺りに天然の拠点はない。つまり?」
「……人工物?小屋でも建ててるとか」
「あるいは近隣の集落の住民が、夜だけ野盗をやってるって線もある」
「ふむ……なるほどね」
推測を交わしながら進んだが、襲撃を受けることもなく目的地に着いた。
そこはフィロー商会が設営した休憩所。以降の調査の拠点とする予定だ。
「見ろ、こいつは──」
グローが指さしたのは、まだ新しいテントと焚火跡だった。
寝袋の数も五つ。間違いなく、行方不明になった冒険者五人組のものだ。
焚火の灰はまだ冷えきっていない。まるで、ほんの数刻前まで人がいたかのようだ。
「……何とも気味が悪いのぉ」
グローが荷を降ろしながら、低く呟いた。
「引継ぎ依頼なんてそんなもんだ。前の連中が帰らないから、次に回ってくる」
俺も荷を降ろし、休憩所内を調べる。
だが争った痕跡も、血痕すらも見当たらない。
恐らく、ここを出発してから姿を消したのだろう。
「五人の編制は?」
「人間の剣使いが二人、斥候の圃矮人が一人、耳長人の魔法使いが一人、僧侶の人間が一人」
「悪くない布陣だ。それで全滅とは……」
「何が潜んでるか分からん。警戒して損はない」
「今日は野営だな。調査は明日に回すか」
「日も暮れるしな」
俺たちは先客のテントをそのまま借りることにした。
寝袋だけは持参のものに替えたが、それ以外はあえて動かさない。
妙な生々しさが残る中、俺は飯の準備に取りかかった。
「ガル、ちょっと」
エルウィンが休憩所の隅で呼んでいる。
足元を凝視していた。
「どうした?」
「これ、見える?」
指差されたのは足跡。
ただの靴跡に見えたが──目を凝らすと、薄い靄が立ちのぼっている。
黒い、煤のような煙。視界の端で揺らめき、嗅覚をくすぐるような焦げ臭さを伴っていた。
「……黒い靄?」
「そう。見えるのね、ガルにも」
「いや……気のせいかと思ったが」
「それで充分。これは魔術の残滓よ」
「魔法じゃなくて、魔術……だと?」
確かに聞いたことはある。
魔法を使えば必ず魔力の残滓が残る。雨や風で消えやすいはずだが、これはしつこく地面にまとわりついている。
しかも魔術となれば話は別。現代で使える者はほとんどいない。
「魔術残滓が見えるのは、素質がある証。グローには全く見えないわ」
「そういえば……お前、前に俺に魔術の素質があるかもって言ってたな」
「単刀直入に聞くけど──犯人は、あんたじゃないわよね?」
胸がざわめいた。
闇魔術の紋章をウラグから受け取ったことを思い出す。
だが俺は何もしていない。
「まさか! 俺が何のためにそんな真似を!」
「分かってる。本気で疑ってるわけじゃない。ただ──これは闇の魔術の残滓。今のところ、闇魔術を扱える存在は……貴方くらいしか思い当たらなかったのよ」
「だとすれば、暗黒種族の仕業か」
「しかも、上級の魔術師クラス」
やっぱり、グローの「どうにかなる」はフラグだった。
背筋に嫌な汗が滲む。
「おーい、何をこそこそ話しとる?」
グローが近付いてきた。
「あぁ、エルウィンが足跡を見つけた。恐らく失踪者のものだ」
「ふむ……」
しゃがみ込み、じっと足跡を観察するグロー。
「人間、女。身長は一六〇ほど。華奢な体格じゃな」
「僧侶だ。特徴が一致する」
「歩幅が乱れておる。足取りはふらついていたはずだ」
「血痕は見えない。疲労によるものか」
「あるいは精神を削られたか……」
グローは鼻を鳴らし、立ち上がった。
「まぁ、いずれにせよ今は腹ごしらえじゃ。夜の森は不用意に動かんほうがいい」
「同感だ」
明日は、この足跡を辿る。
俺たちは冷え切った空気の中、焚火を囲んで夜を迎えることにした。
お読みいただきありがとうございました。
今回は「失踪者の痕跡」と「魔術残滓」が明らかになり、依頼がただの盗賊討伐では済まないことがはっきりしました。
特に闇魔術の残滓は、ガル自身の素質を想起させる重要な要素となっています。
次回は足跡を追跡し、失踪者の行方に迫っていきます。どうぞお楽しみに。




