第55話 喧嘩するなら他でやってくれ
エルウィンの弓の実力を確かめる試験が始まります。
グローが仕掛けた無茶ぶりに、彼女はどう応えるのか――。
その結果は、誰もが目を疑う“神業”でした。
そして夜は大将の店で親睦会。
酒と料理に舌鼓を打ちながらも、犬猿の仲となりそうな二人が早くも火花を散らします。
「いつでも始めて良いぞ?」
グローがニヤニヤと笑いながら言った。
コイツ、どうせエルウィンが合格できるとは思っていない。
まぁ確かに、弓は三十メートルを超える距離でこそ真価を発揮する。隠密殺害にはうってつけだが、あの距離――百四十メートル超となると、普通なら外して当然だ。グローが試す理由も分かる。
「じゃあ、始めるわ」
エルウィンは右手の指の間に五本の矢を挟んだ。矢筈を揃え、指で軽く固定している。
まさか、速射をやるつもりか? じっくり狙うのが普通だろうに。
不安がよぎる間もなく、エルウィンは弦を引き、立て続けに五本の矢を放った。
――瞬きする間に、全弾射出。
こんな速さの射なんて見たことがない。
「結果はどうかしら?」
エルウィンが自信満々に笑う。俺は慌てて的になっていた小樽の元へ走った。
嫌な予感ではなく、妙な期待が背筋を駆け上がっていた。
「うむ、当たってはいるようだの」
「ガルー!それ、持って来てねー!」
背後からエルウィンの声。
だが、俺は小樽を目にした瞬間、足を止めた。
「……あり得ねぇ」
五本の矢はすべて的を貫いていた。
それだけじゃない。矢羽根も軸も互いに擦れていない。一本も損傷なし。
まるで樽の中に“矢の通り道”をあらかじめ刻んだかのようだ。
これなら引き抜けばそのまま再利用できる。神業としか言えない。
「どうした、ガル?」
グローとエルウィンが追いついてきた。
俺は樽を拾い上げ、見せつける。
「見ろよ……。全部当たってるぞ」
「な、なんと……」
グローも目を剥いた。
エルウィンは涼しい顔で肩を竦める。
「狙ってやったに決まってるじゃない。矢が壊れたら勿体ないでしょ?」
俺は思わず笑った。対照的に、グローは露骨に顔を歪める。
「参ったな、これは合格以外に言いようがない」
「……うぅむ、仕方ないのぉ」
「これだけの腕なら問題ないだろ。明日から俺の代わりにバディを組める」
「じゃあ、明日からは私と組むわよ、グロー」
「むぅ……」
渋々頷くグロー。だがこれだけの実力なら、誰も文句は言えない。
とりあえず今日のところは、大将の店で“親睦会”と洒落込むことにした。
「昨日も飲んで今日も飲むのね、アンタ達……」
セリファが呆れ顔でため息をつく。
俺とグローは開店と同時に雪崩れ込み、端のテーブル席に陣取って片っ端から注文していた。
「いいじゃねーか。昨日は慰労会、今日は親睦会だ」
「理由をつけて飲みたいだけでしょ?」
「当たり前だ!酒はワシの燃料ぞい!」
既にグローは樽ジョッキを一杯空けている。早すぎる。
エルウィンは葡萄酒を楽しそうに口に運んでいた。
「ここの葡萄酒、美味しい!毎日でも飲みたいくらい!」
「エルウィン、あんまりこの連中とつるまない方がいいわよ?」
「そう?腕は確かじゃない」
セリファの忠告を、エルウィンはあっけらかんと切り返した。
「腕は確かでも素行不良よ」
「誰が素行不良だって?」
「アンタに決まってるでしょ、ガル!グローも!」
「うるさい小娘だのぉ。お主も混ざりたいんじゃろ?」
ニヤニヤと茶化すグロー。セリファは顔を赤くして怒鳴る。
「なんでそうなるのよ!」
「女の嫉妬は怖いわい、なぁガル?」
「あ?なんの話だ?」
「……だからダメなんだ、この男は」
グローが呆れたように首を振る。何故俺がダメ扱いされるのか理解できん。
「とりあえず、もう一杯だ!セリファ!」
「はいはい!お好きにどうぞ!」
不機嫌そうにセリファがジョッキを運んでくる。
店内は笑い声と酒の匂いで満ちていた。
「明日から二人はバディだ。仲良くやれよ?」
「分かっとる。……ただし、ワシの邪魔だけはするなよ」
「あら?鉱矮人に遅れを取るほど、私は愚鈍じゃないわ」
「何だと?」
「だから、仲良くやれって……」
俺はため息を吐き、エールを煽った。
復帰まであと一ヶ月。ゼペットもそう言っていた。リハビリは大変だが仕方ない。
「あと一ヶ月も、この小娘とバディか……」
グローがぼやく。
相方としては褒め言葉にも聞こえるが、どうにも素直じゃない。
「いいじゃないか。野伏なら俺の代わりに斥候役も出来る」
「前衛がワシだけというのも不安だがな」
「弓だけじゃないわよ? 近接戦闘もできるわ」
エルウィンの眼光が鋭くなる。
現に彼女は弓と一緒に双短剣を携えていた。
耳長人特有の身軽さは、刃物を握れば強力な武器になる。
「お主の細腕で敵が斬れるのか?折れそうだぞ?」
「失礼ね!何ならここで試してみる?」
テーブルを挟んで火花を散らす二人。
現代耳長人と鉱矮人が犬猿の仲なのは知っていたが……古代耳長人も同じらしい。
「やめろ。これは親睦会だ。果し合いしたいなら外でやれ」
「この小娘が生意気なのがいかんのだ」
「私の方が年上でしょうが!」
「年増の木乃伊もどきが何を言うか!」
「なんですって!?」
とうとう立ち上がりかける二人を見て、俺は頭を抱えた。
――喧嘩するなら他でやってくれ。
圧倒的な弓の腕前を披露し、冒険者として一歩を踏み出したエルウィン。
しかし同時に、グローとの相性は最悪……。
バディとして組むことになった二人が、果たして上手くやっていけるのか。
次回からは新たな依頼と共に、彼女が加わった“チーム”の行く末が描かれていきます。




