第54話 ギルドに行くのも面倒だ
ギルドにやって来たガルとエルウィン。
登録を済ませたエルウィンは、無邪気に認識票を見せびらかすが──そこで待っていたのは馴れ馴れしいロブとの面倒な遭遇。
さらに、グローによる“容赦のない実力試験”が始まろうとしていた……。
「あれ?ガルじゃん。珍しいな、こんなとこにいるなんて」
背後から馴れ馴れしい声を掛けられた。
振り返ると、やっぱりロブだった。槍使いのロブ。
こいつは2メートルの槍を軽々と振り回す男で、東方の槍使いの中でも“五本の指に入る”なんて噂されている。もっとも、俺自身はロブの戦いぶりをまともに見たことがないから、本当かどうかは知らない。
身長は180そこそこで俺より低いが、全身が岩のように硬そうな筋肉に覆われている。腕力に限って言えば、俺なんかよりよっぽど強いかもしれない。
年齢は少し下だが、冒険者登録した時期が同じくらいだったせいか、やたらと距離感が近い。良く言えば人懐っこい、悪く言えば鬱陶しい。
「なんだ、ロブか」
「なんだとは何だよ。てかお前、まだ怪我治ってないんだろ?依頼掲示板なんて見てどうした?」
「暇潰しだ。ギルドに用があるのは俺じゃない」
「どういうことだ?」
「ガル!登録できたよ!」
ぱたぱたと駆け寄ってきたのはエルウィンだった。
首から下げた不銹鋼製の認識票を、子どものおもちゃみたいにこちらに掲げて見せている。細長いプレートには名前や種族、所属ギルドが打ち込まれており、チェーンには全く同じものが二枚繋がれている。死んだ時の身元確認用──正直、あまり見たい代物じゃない。だが当の本人は、目をきらきらさせながら誇らしげに笑っていた。
「見て見て!これで私も冒険者!」
嬉しそうに胸の前でそれを揺らす。
死を証明するための札を、まるで勲章みたいに大事そうに。俺としては、その無邪気さが少し怖くもあり、同時に眩しくもあった。
「ガル、また新しい彼女か?」
「ロブ、黙れ」
「ははっ、図星か?お前、ほんっと耳長人にばっかり手ぇ出すよな」
「黙れっつってんだろ!」
勝手に盛り上がるロブに、俺は心底うんざりした。
「早速なにか依頼やろう!」
エルウィンが俺の袖を引っ張る。
「はぁ?今日は登録できただけで十分だろ」
「おいガル、紹介しろよ、新しい彼女!」
「うるせーな、ロブ!彼女じゃねえ!」
ワイワイと賑やかに盛り上がる二人。
俺の胃はますます重くなっていく。……ああ、帰りてぇ。
「エルウィン、俺は帰るぞ」
「えー、帰るの?」
「ロブの顔見たら帰りたくなった」
「おい!どういう意味だよ!」
「俺は怪我人だ、安静にしてなきゃいけないんだよー」
適当な言い訳を残して、俺はギルドの外へ出た。ロブ?シカトだシカト。
「待ってよ、ガル!」
追いかけてきたエルウィンと並んで歩く。
「依頼の受注については説明受けたか?」
「うん、一通りは。人数制限とか色々あるのね」
「依頼内容と冒険者の実力が釣り合ってないと受けさせてもらえない。ギルドは冒険者を守るのも仕事だからな。まあ実際には『受付の判断』っていう裏ルールもあるけど」
「なるほど。つまり、私みたいな新人は、割のいい依頼なんて回ってこないってことね」
「聡明で結構。最初は小さい依頼で信用を積み重ねるんだ」
「ふむふむ……じゃあ、しばらくはグローと一緒にやるわ」
「それが無難だな」
そんな会話をしていると、不意に頭をよぎる。
「そういやエルウィン、お前、家はどうするんだ?」
「家?」
「セリファんとこにずっと居候するわけにもいかんだろ。金がないなら貸すぞ」
「家か……」
エルウィンは一瞬考え、そしてにっこりと笑った。
「ガルと一緒に暮らすのは?」
「ダメに決まってんだろ」
「なんで?」
「男女が同じ屋根の下で暮らすなんて」
「ダメなの?」
「ダメに決まってんだろ……」
俺は首を振る。気ままな一人暮らしを乱されるなんざ、御免被る。
「家を探すなら街の役所に行け。俺に聞かれても困る」
「家を探しておるのか?」
突然、後ろから声が飛んできた。グローだ。
「いつからいたんだよ」
「さっきだ。ちょうど見かけたからの」
「グロー、私、冒険者登録したの!」
嬉しそうに認識票を見せるエルウィン。
「それは上々」
「しばらくはグローと依頼をこなせって、ガルが言ったの」
「ワシと一緒に!?」
「そりゃそうだろ、俺はまだ休業中だからな」
「……全く。ならば今からエルウィンの実力を見せてもらおう。ついて来い、二人とも」
グローは城壁の外れへと歩き出した。嫌な予感しかしない。
†
たどり着いたのは南の雑木林にぽっかりと開けた空き地だった。百メートル四方ほどの草地。
「なんだここ」
「昔は軍の訓練所だった。今は移転して、ただの空き地だ」
グローは物置小屋を漁り、古びた弓と矢を取り出す。
「エルウィン、これを使え」
そう言って訓練用の弓矢を渡した。そして俺には別のものを押し付ける。
「ガル、これをあっちに置け」
「……ジョッキ?」
樽を小さくしたような木製のジョッキだった。持ち手もなく、ただの的だ。
「いいから早く行け」
「はいはい」
言われるまま、空き地の端に作られた一メートルほどの台にジョッキを置く。距離は百メートル──いや、正方形の対角だから百四十以上ある。
「置いたぞ」
「よし。エルウィン、こっちだ」
グローは空き地の反対側へとエルウィンを立たせる。
「おい、ここから撃たせる気か!?」
「そうだ。何か問題でも?」
「あるに決まってんだろ!距離が遠すぎる!」
弓矢の訓練なんて普通は二十メートルからだ。それを七倍以上……常識外れもいいとこだ。
「これくらい射落とせなんだら、ワシらと組む資格はない」
ガハハと笑うグロー。だがその目は本気だ。仲間に迎えるなら妥協はしない。
「矢は五本。当たれば合格だ。外せば、一人で地道に稼げ」
嫌味な鉱矮人だが、言っていることは筋が通っている。
エルウィンは黙って矢を一本ずつ手に取り、慎重に重さや真っ直ぐさを確かめていた。矢羽を指で撫で、一本一本を見極める仕草は、素人のものじゃない。
「うん、この五本にする」
決めた矢を握りしめ、ゆっくりと弓を構える。
その姿は真剣そのもので、俺の胸に妙な期待と不安を同時に呼び起こした。
無茶振りにしか見えない距離からの射撃試験。
けれど、エルウィンは真剣に矢を選び、弓を引き絞る。
果たして彼女は、この挑戦をクリアしてみせるのか?
次回、エルフの“本当の力”が明かされます──。




