第51話 やはりエールは旨い
王都での任務を終え、久々の帰還。
グローと酒を酌み交わし、ようやく肩の力を抜いたガル。
「やっぱエールは旨い」──その瞬間、酒場の扉が開きます。
「しかし……あの話、どうするつもりなのかのぉ」
街へ戻る荷馬車の中、グローがぼそりと呟いた。
上将軍との謁見は、結局一時間ほどで終わった。
軍司令本部の移転──そして、西方の九龍会。
グローが指しているのは、どちらの話だ?
「あの話って?」
「移転の話だ。丸々動かすには拠点の整備が要る。だが、あの規模なら十年は掛かるぞ?……それで間に合うのかのぉ」
「間に合わんだろ。九龍会の内部抗争なんて、長くても数年だ。何をそこまで恐れてるのか……」
「そうじゃ。所詮はヤクザの抗争だ。軍がその気になれば、一掃するのも造作なかろうに……」
全くその通りだ。
確かに九龍会は西方全土、南北の一部にまで根を張った巨大組織だ。
だが、所詮は裏社会の連中。軍が本腰を入れれば、骨抜きにするのは難しくないはずだ。
「しかしガル、どうして九龍会の名を知っておる?」
「あ?」
「東方では全く耳にせんぞ」
「……まぁ、賞金稼ぎになる前は色々と放浪してたからな」
「ふむ……」
グローが酒瓶を煽る。
「それにしても、お主が東方に住み着いた理由は?」
「ん?」
「放浪してたなら、どこに住んでもよかろう」
「あぁ、それは──大将だよ」
大将。
かつて西方司令部の憲兵だった男で、スラムのチンピラだった俺を何度も捕まえ、何度も説教してくれた。
引退後、故郷の東方で店を構えると聞いた時──俺はその街に腰を落ち着けた。
大将だけが、俺にとっての“家族”みたいな存在だったからだ。
「ほぉ~、なるほど」
「賞金稼ぎになったのも大将の助言だ。『軍には入れんだろうが、せめて剣で人の役に立て』ってな」
「いい言葉だのぉ」
「駆け出しの頃は食うにも困って、大将の店でツケばっかだったけどな。……今じゃ全部返したさ」
「ガハハ!真面目な奴よの!」
「誰が真面目だ」
俺とグローの笑い声が、荷馬車に響いた。
軍の思惑なんざどうでもいい。
報酬もホクホクだし、俺はもうしばらく骨休めと洒落込みたい。
†
約一か月ぶりの街。
特に変化はないが、その“変わらない風景”にホッとした。
腹も減っていたので、自然と足は大将の店へ。
「大将ぉー、いるか?」
裏口から声をかけると、奥から大将が顔を出した。
「おぉ、ガル!無事だったか!」
「おう。ただいま戻った。それでさ──」
「そういや、耳長人の娘がお前を探して来てな」
「あ?」
出鼻をくじかれた。俺に来客?
「耳長人?」
「人形かと見紛うほど綺麗な女だった。知り合いじゃないのか?」
「誰だ、それ……?」
まったく心当たりがない。
「今はセリファの家に泊まってるぞ」
その時、タイミングよくセリファが出勤してきた。
「ガル!いつ帰って来たの!」
「さっきだ。で、その来客って──」
「ちょっと待ってて、今呼んで来る!」
セリファが飛び出していく。
「忙しい耳長人だのぉ」
グローもやってきて、早速カウンターに座る。
「大将、俺とグローにステーキな。肉を焼いてくれ」
「エールも頼むぞい!」
「開店前から好き勝手言いやがって……。まぁいい、ちょっと待ってろ」
樽から注いだエールを掲げる。
「依頼お疲れさんってことで」
乾杯。
黄金色の液体が喉を流れ落ちていく。
「……あぁ、やっぱエールは旨い!」
幸せを噛み締めた、その時。
店の扉が勢いよく開かれた。
「ガル!」
銀糸のような髪、白磁のような肌──完璧すぎる耳長人の女。
その姿を見て、胸の奥で記憶が閃いた。
「……エルウィン」
名を呼ぶより早く、彼女は俺に飛び込み、タックルのように抱きついてきた。
緩んだ空気を切り裂くように現れた、銀髪の耳長人。
名を呼ぶより先に抱きつかれたガルは、ただ唖然。
……だがその背後には、セリファとの関係という厄介な火種が潜んでいる。




