第50話 そんな話は聞きたくない
調査任務を終え、王都へ戻ったガルたち。
彼らを待っていたのは、上将軍への直接報告──。
しかし、ただの成果報告の場は一変し、思わぬ“国家の核心”に触れることになるのだった。
「うむ、ご苦労だったな、諸君」
王都中枢区、軍本部の上将軍執務室。
広く重厚な室内にしては飾り気がなく、しかし机の上に積み上がった書類は威圧感すらある。
それら全てに目を通しているのだとしたら、この上将軍という男は相当な変わり者か、ただの暇人だ。
「まぁ、座ってくれ」
俺たちは案内されたソファに腰掛ける。手入れの行き届いた黒檀のテーブルと、しっかりした造りの椅子。王国最高司令官の執務室にふさわしい落ち着きがある。
「報告を頼む」
「はい。まずはこちらを」
サリィンが調査報告書の一部を差し出した。
「ん?これだけか?」
「いえ、データや地図など、他にもあります。ご覧になりますか?」
「ああ、受け取ろう。全てに目を通して、しかるべき部署に回しておく」
サリィンが視線を送った先、入口横には台車に山積みにされた報告書の束。
どれだけ分厚いんだ、あれ。
「……ガル、ワシを暇人だと思っておるな?」
ドキリとする。何でバレた。
「い、いや、そんなことは……」
「ワシはな、暇ではないが、目を通さんと落ち着かん性質でな」
このオッサン、ただ者じゃない。
「さて、聞きたいのはお主らの見解だ。あの場所に東方司令部を移す案、どう思う?」
まるで子供のように目を輝かせてくる。
御前裁判でのあの厳格な印象は何だったのか。
「俺は専門外だからな。グロー、どう思う?」
「……一つ問うてもよいか?」
「ああ、構わんよ」
「その前に、人払いを願いたい」
部屋に緊張が走る。補佐官が目を剥いた。
「な……! しかし……」
「これは軍の最重要機密に関わる話だ。彼らにも聞かせられん。下がってもらおう」
渋々補佐官たちが退室し、足音が遠ざかる。
「ここに、軍司令本部規模の地下基地を作るつもりか?」
静寂の中にグローの声が落ちる。
「な、なんだって?」
グローは俺を見ずに、上将軍に向かって話し続ける。
「地質調査にしては深すぎる。通常の建設であれば、あそこまで掘らせはせん。東方司令部移転の話は、単なる建て替えでは済まんのだろう?」
上将軍は黙ったまま、グローを見つめた。
「お主は誤魔化せんな。……その通りだ」
「王都が陥落する可能性を見越しての策か?」
サリィンとコフィーヌが息を呑む。俺も言葉が出ない。
「王都……が?」
「ゼロではない。ならば、備えるべきだろう?」
「だが、それなら各方面軍に機能を分散させる案もあったはずだ。何故、あの盆地一択にした?」
俺の頭にある可能性が浮かぶ。
「……西に、何か懸念があるんじゃないか?」
その問いに、上将軍は笑った。
「グロー、お主の相棒は冴えておるな。補佐官に欲しいくらいだ」
「アンタが失脚してもいいならな」
「はっはっは、それは困る。……さて、ガル。西の懸念とは何だと思う?」
俺の脳裏に、かつての裏社会の記憶が蘇る。
「『九龍会』──王国西方を牛耳る犯罪組織」
グローとサリィンが揃って「は?」という顔をする。
「裏社会の連中だ。けど、ヤツらの抗争が軍にどんな関係がある?」
「問題なのは、単なる抗争では済まないかもしれんという点だ」
上将軍の顔が、一気に戦略家のそれへと変わった。
俺は、また嫌な未来が口を開けて待っているのを感じた。
「王都陥落」という言葉。
そして、西方を牛耳る裏社会の巨魁。
軍の最上層が抱える現実に、ガルたちも否応なく巻き込まれていく。
……とはいえ、ガルにとっては“そんな話は聞きたくない”のが本音。
物語は、さらに大きなうねりへと向かいます。




