第49話 飯を不味くするのは辞めてくれ
訓練も佳境、調査も終盤。
強くなったサリィンとコフィーヌが、ついに“あの男”と真剣勝負!
ガルの指導の成果が問われる、手合わせの最終日です。
盆地内の調査も順調に進み、あと数日でこの木こりの町を離れられそうだ。
期間にしておよそ一ヶ月。
その間、俺は剣術師範としてサリィンとコフィーヌを鍛えてきた。
明日で調査は一区切り、そして今夜が最後の手合わせということになった。
「さて、明日の夜は帰る準備をせにゃならんからの。手合わせは今日が最後だ」
グローが木の棒を両手で回しながら言った。
サリィンとコフィーヌは緊張感を漂わせ、構えを取る。
「ガルの指導がどれだけ身に付いておるか、見物だのぉ」
言うなり、二人が一斉に動く。
サリィンの斬撃をグローが捌き、背後からのコフィーヌの突きをギリギリで回避。
そこから始まる剣戟の応酬。
驚いた。
二人の動きが、以前とはまるで別人のように洗練されている。
息の合った連携、緩急を付けた攻撃、素早く入れ替わる立ち位置。
剣筋だけじゃない。間合いの使い方も鋭くなっている。
「……こりゃ、ちょっと感動だな」
思わず口元が緩む。
サリィンとコフィーヌは耳長人。動きに無駄がなく、そして優雅だ。
それが二人揃うことで、まるで舞踏のような美しさすら感じる。
だが、もちろんグローも黙ってはいない。
表情は真剣そのものだが、しっかりと二人の剣を受けている。
「まったく、ガルの奴……誰もここまで強くせいとは言うとらんわ!」
「文句言うなよ。最初から自分で教えればよかったんじゃないか?」
グローが押されている様子を見るのは新鮮で、少しおもしろい。
そして勝負がついた。
サリィンの蹴りがグローの顔面スレスレで止まっていた。
「……勝負あり、だな」
ちょうど俺の作ったスープも温まった。
皆に配ると、三人は息を切らしながら戻ってきた。
「お疲れさん」
「ガル殿のおかげで、グロー殿から一本取れました!」
「何、二人がかりなら当然の話だ」
「負け惜しみか?」
「うるさいわい!」
とはいえ、サリィンとコフィーヌの成長は俺も嬉しかった。
「サリィン、コフィーヌ。ありがとな。楽しかったぜ」
「我々のほうこそ、ありがとうございました」
皆がスープを啜る中、コフィーヌが意を決したように言った。
「ガル殿……」
「ん?」
「東方司令部には、直轄の訓練所がありまして……」
「断る」
「話を最後まで聞いてください!」
「聞かなくても分かる。教官とか、そういう柄じゃない」
「ですが……!」
「俺みたいな奴が正式な訓練所で教官やったら、それこそクレームだらけになる」
「……はぁ」
そこでグローがスプーンを置き、口を開いた。
「お主ら、よく聞け」
いつになく真剣な口調だった。
「お主らが最優先で鍛えるべきは剣ではない。まずは弓だ。次に槍。剣は最後でよい」
「しかし、剣を軽視しては……」
「黙って聞け」
グローの眼光が鋭くなる。
「軍と冒険者では戦い方が違う。冒険者は奇襲や罠も使う。だが軍は違う。集団戦の基本は弓だ。まず弓で敵を削る。突破してきた者を槍で迎え撃つ。それを超えてきた奴だけを剣で始末する。実際の戦場で、剣が必要になる場面などごく僅かだ」
その一言に、サリィンとコフィーヌは黙り込んだ。
「戦とは、一方的に敵を蹂躙するのが理想だ。奇麗事じゃない。弓で制圧できるなら、それが最も効率的な手段だ。近接戦なんてのは最終手段、命の削り合いなんだからな」
グローは再びスプーンを手に取り、淡々とスープを啜った。
重たい空気。
せっかくの飯が……
「なあ、グロー。だからって剣がまったく役に立たないわけじゃねぇだろ?」
俺は軽く笑いながら、二人の器にウサギ肉を多めに盛った。
「いつか使う日が来るかもしれない。手札は多い方がいい」
「……うむ。それは、まぁ、そうだな」
不器用にグローが同意した。
「ほら、あとは飯食って寝るだけだ。明日もまた歩くぞ」
二人は小さく頷き、スプーンを手にした。
勝利に湧くのも束の間、突きつけられたのは“戦場の現実”。
剣の技は美しい、だが戦いは冷酷だ──
飯を不味くするこの空気、誰か何とかしてくれ。




