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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 一節 巨人討伐依頼編
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第4話 あの笑顔、たぶん毒入り

笑顔の裏に潜むのは信頼か、それとも罠か。

商談の場で交わされる言葉の刃に、バウンティハンターはどう応じる?

 応接室は意外と広く、小柄な圃矮人たちが使うには少々持て余し気味の長机と、ふかふかした椅子が並べられていた。床には分厚い絨毯が敷かれ、壁には地図や月間の輸送スケジュールが貼られている。書棚には帳簿や瓶詰めの見本商品が整然と並び、部屋全体からは香辛料と乾燥薬草の混ざった、鼻にツンと来る香りが漂っていた。

 事務所と違い、よく手入れされた落ち着いた空間。商談の場としての配慮が行き届いているのが分かる。

 俺とグローが席に着くと、先ほど案内をしてくれた圃矮人が、変わらぬ柔和な笑みを浮かべたまま、口を開いた。


「しかし、ギルドには『ギルドの担当者と一緒にこの事務所に来てほしい』と、確かにお伝えしていたはずですが……」


 言葉は丁寧だが、その声音には明らかに棘があった。

 ニコニコ顔のまま、まるで刃物のような静けさが空気に走る。


「冒険者様お二人だけで直接来られるのは――一種の契約違反にあたるかと存じますが?」


 グローが気まずそうに視線を落とした。

 そもそもギルドの受付嬢が「一緒に参りましょうか?」と申し出てくれていたのだ。

 それを、こいつが断った。理由は……まあ、いつもの「面倒だから」だろう。

 ちらりと隣を見ると、グローはバツの悪そうな顔で唇を尖らせ、モゴモゴと小さく喉を鳴らしていた。しょぼくれた鉱矮人など見るに堪えない。


「確かに、そうだな。申し訳ない」


 俺はグローの代わりに頭を下げた。トラブルの芽は早いうちに潰すに限る。


「いえいえ、こちらこそ察しが悪く、失礼しました」


 案内役の圃矮人は、すぐに表情を和らげ、柔らかな口調へと戻った。

 切り替えの早さ。やはりこの手の連中は、商売人としての顔を何枚も持っている。


「私、フィロー商会のピュートと申します。今後ともご贔屓に」


 そう名乗って、ピュートは小さな手を差し出してきた。その掌には、細かい豆が浮いていた。帳簿を扱うだけでなく、実際に荷積みの現場にも出ているのだろう。そういう所作が、逆に信頼を生む。


「俺はガル。こっちはグロー。今回の護衛を担当する。よろしく頼む」


 握手を交わす。温かく、しかし芯のある感触だった。

 同時に、ピュートの目がわずかに細まった。

 商人だな、と痛感する。

 その眼差しは、まるで俺の中身を覗くように静かで冷たい。損得、性格、習慣――あらゆる情報を無言のうちに読み取ろうとする商人特有の“目”。

 何も話していないのに、値踏みされている感覚。

 この手の相手とは、こちらも気を抜けない。


「ご丁寧にありがとうございます。さて、こちらが往復の行程になります」


 ピュートは変わらぬ笑顔のまま、一枚の書類を差し出した。

 荷馬車で三日かけて目的地の街へ向かい、二日滞在。その後、再び三日かけて戻ってくる――というスケジュールが、几帳面に書かれていた。


「二日も休んでいいのか?」


 俺が思わず尋ねると、ピュートは表情を変えず、むしろ穏やかにこう答えた。


「ええ。折角の遠出ですので、やりたいこともあるでしょうから」


 ……ああ、そういうことか。


 俺はふっと息をついた。

 “二日間の自由行動”。

 表向きは荷の積み下ろしと調整期間だが、恐らくそれだけの意味ではないだろう。

 気付いた素振りは見せないように、俺は軽く頷いた。


「なんじゃ、余裕のある日程だの。安心したわ」


 グローは、何も気付いていない様子で素直に笑った。

 ……まあ、あいつは嘘や駆け引きが苦手だし、その方が助かる。余計な心配をしなくて済む。


「では、出発は明日の朝となります。日の出と共に出発いたしますので、それまでに当事務所の前へお越しくださいませ」

「承知した。よろしく頼むぞい」


 ピュートは最後まで笑顔を崩さなかった。

 だがその裏で、ギルドとの契約文書を確認し、俺たちの到着時刻や対応内容をこまかく記録している姿を、俺は見逃していなかった。

 ――ただの事務員じゃない。

 この男、いやこの商人は、きっと数字と証拠と利益のすべてに目を光らせているタイプだ。

 敵に回したくはないが、味方としても油断ならない。そういう種の人間だ。

 打ち合わせが一通り終わり、俺たちは席を立つ。

 扉を出る際、ピュートは小さく一礼しながら、変わらぬ笑顔で見送ってくれた。

 外はすっかり午後の陽光に包まれており、街路を行き交う人々の喧騒が、どこか眩しく聞こえる。


「……なんか、疲れたのぉ」


 グローがぽつりと呟いた。歩きながら、腰をポリポリと掻いている。


「お前は何もしてないだろ……」


 苦笑しながら、俺は空を見上げた。

 雲ひとつない、いい天気だった。

 明日から始まるのは、ただの“旅”ではない。

 俺たちは金を貰って動く。だから、やるべきことはやる。

 ――あの現金な圃矮人たちも、きっと同じだ。

 違うのは、俺たちは剣を、あいつらは帳簿と笑顔を使うってだけだ。

ピュート、登場。笑顔が上手な奴はたいてい曲者。

戦闘だけでなく、こういった交渉劇もこの物語の味の一つです。

少しずつ人物の本性が見えてくるよう、構成しています。

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