第47話 怪我人に指南役をさせるな
戦場の空気はなし。敵の気配もなし。
ただ、今日も調査・地形・スープ作り──
あまりの平和さに飽きてきたグロー、ついに稽古を始める。
「怪我人ガル、剣術指南役に抜擢──!?」
「2人とも、全然なっとらん!」
スープを啜りながら、グローの怒号が飛ぶ。どこか上機嫌なその声が、空気を震わせた。
「そうか?センスは良かったと思うが」
「センスだけで勝てるなら苦労せん。詰めが甘すぎる。いいか、よく聞け」
グローの指摘は理にかなっていた。
格上相手に挟撃は正解。サリィンが斬撃、コフィーヌが突きに特化して攻める構成も悪くない。
ただし──
「動きが単調すぎるんじゃ。位置関係が固定されとる。これでは目が慣れるのも早い」
確かにその通りだった。
もしタイマンなら、斬撃と突きを混ぜて相手のリズムを崩すのが基本。
だが、今回は人数差を活かせていなかった。
「特にコフィーヌ、突く場所が甘い。弱点を突かねば意味がない」
「弱点……ですか」
「甲冑を思い浮かべろ。防御力は高いが、関節部や隙間はどうしてもできる」
重装兵は機敏に動けない。その代償を突くべき──それがグローの教えだった。
「あと、お主らの太刀筋、素直すぎて先が読める。攻撃の出端から丸わかりじゃ」
スープをパンに染み込ませながら、グローは説教を続ける。
……我ながら、今日のスープは出来がいい。
干し肉の塩気が野菜の出汁に滲みて、パンの粗さとよく合う。
「腸詰なんかあったら完璧だったな……」
ポツリと呟いた俺の声に、唐突な沈黙が訪れた。
「ガル、聞いておるか?」
「あ?」
サリィン、コフィーヌ、そしてグローの視線が揃って俺に向いていた。
「……聞いてなかった」
「だから言ったのだ、ワシよりお主の方が剣の心得は深い。指南を頼む」
「はぁ!?」
「ワシは斧使いじゃ。構えも捌きも違う。お主の刀の方が参考になる」
「いや、俺のは普通の剣と違うし──」
「そこまで変わらん」
「雑だな、おい」
「ガル殿、お願いできませんかっ!」
2人が揃って頭を下げる。
この空気、断れない。
「……分かった。長剣ベースの基本なら、教えてやる」
グローが高らかに笑って酒瓶を煽った。面倒ごとを押し付けた張本人が、なんとまぁ気持ちよさそうなことか。
†
正直、俺が最初から刀を使っていたわけじゃない。
元々は平凡な長剣だった。どこにでもあるような、ありふれた武器。
得意だったのは槍で、剣はそこまでだった。
そんな俺の流れを変えたのは、ある日、師匠が連れてきた──言葉も通じぬ、奇妙な人間だった。
その男が作り上げたのが、今の俺の刀。
最初は誰も扱えなかったが、なぜか俺には手に馴染んだ。
鋭さとしなりを兼ね備えた刃。それが、俺の戦い方を変えた。
「とはいえ、教えるってのは難しいな……。ま、まずは素振りだ」
2人は言われるがまま、剥き身の長剣を握り素振りを始める。
風を切る音が耳に心地いい。太刀筋も真っ直ぐで綺麗だ。
「……いい感じだな」
「ありがとうございます!」
そこへ、横からグローの野次が飛ぶ。
「だから、太刀筋はええと言ったじゃろうが」
はいはい、言ってたね。
「で、グロー教官殿?太刀筋が読みやすいってのは……」
「一度手合わせしてみろ」
「いや、俺、怪我人……」
「右手は動く。棒だぞ?問題なかろう」
「納得いかねぇ……」
観念して立ち上がる俺。
「殺す気で来い」
「えっ、でも、ガル殿の左手が──」
「遠慮すんな。任務中の事故なら保険出るだろ」
「……はい」
サリィンが地を蹴った。
その目は、本気だった。
まさかの“教官ガル”回。
サリィンとコフィーヌ、それぞれの素振りにも個性が出てきたところで、
次は模擬戦?それとも本番……?
次話、サリィン本気の一撃が飛ぶ──かも?




