第46話 剣戟に素直さは要らない
単調な調査作業に飽きたグローの提案で、突如始まった即席の稽古会。
サリィンとコフィーヌは困惑しつつも、棒を手に立ち上がる。
剣筋と鍋の匂いが交差する、夕暮れの木こりの町にて──。
木こりの町に着いて三日。
連日盆地内を歩き回り、地質・岩盤を調べ、詳細な地図を作り続けていた。
通常であれば、地面に穴を開けて地質を調べるのだが、鉱矮人であるグローのお陰で土を掘り返す必要もなく、かなりのスピードで調査が進んでいた。
とは言っても、やっと全体の六分の一に差し掛かる所だ。
正直、先は長い。
そして──グローが飽きてきている。
「つまらんのぉ……」
日も翳り始め、今日の作業は終わり。
俺たちは町の中に作った野営地へ戻る前に、一服していた。
「たまぁに狗鬼が出るだけで、戦闘もない。つまらん」
パイプの煙と一緒に、ブツブツと文句がこぼれる。
これを言い出したのは、2日目の午前中からだ。
この鉱矮人、根性がなさ過ぎる。
「それなりの報酬をくれるんだ、楽でいいじゃねーか」
「ここ最近、まともな戦闘をしておらん。つまらん」
確かに、近接戦闘と呼べるものは、ピュートの輸送隊を護衛した時くらいか。
狗鬼討伐依頼も、集団戦で終わってしまい、魔法と弓が主力だった。
そろそろ暴れたい衝動が抑えきれないのかもしれない。難儀な奴だ。
「お主も負傷しておるし、稽古も出来ん」
「だったら、サリィンかコフィーヌに相手してもらったらいい」
「え……?」
2人が同時にこちらを見る。
「いやいやいやいや!グロー殿の相手なんて無理ですよ!」
「そうです!私達、戦後配属組ですよ!?」
顔を青くする2人に、俺はあえて追い打ちをかける。
「だったら、2人同時に相手すればいい。なぁ、グロー?」
グローの目がギラリと光る。
先ほどまで死んだ魚のようだった顔に、やる気が宿った。
「面白そうだの!」
「だろ? 2人の実力アップにもなる。一石二鳥だ」
「本気で言ってるんですか!?」
「本気も本気だわい! ちょうど木こりの町だ、適当な切れっ端もわんさとあるぞい!」
野営地に戻るなり、グローは木材を物色し、サリィンとコフィーヌに稽古をつけ始めた。
俺はその間に、夕食の準備を任された。
「本当にやるんですか……」
棒切れを握るサリィンの声が弱々しい。
「当たり前だ! こんな毎日では身体が鈍って仕方がない! 四の五の言わずに打ち込んで来い!」
グローの一喝に、2人は顔を見合わせて、諦めたように頷いた。
まずはサリィンが地面を蹴る。
その打ち込みは中々鋭い──が、グローは軽く片手で捌く。
次いで、コフィーヌが背後に回り込み、突きを主体に攻撃を重ねていく。
「突きか……。よく考えてる」
俺は鍋に適当に野菜を放り込みながら、遠目に様子を観察する。
斬撃は線、突きは点。剣筋を妨害すれば斬撃は止まるが、突きはかわすか、弾くしかない。
武器にかかる負担も、突きの方が少ない。
だが──
「それでも、あれじゃダメだな」
塩を多めに入れ、臭みを抑えつつ味を調える。
干し肉を小さく刻んで鍋に投入し、軽くかき混ぜた。
「グローは双斧使い。左右からの攻撃に慣れてるぞ」
言葉にしながら、鍋を見ていた目を再び稽古組へ。
──やはり。
サリィンの斬撃を避けつつ、コフィーヌの突きを抱え込み、あっという間に2人の動きを封じた。
コフィーヌの剣先はサリィンの喉元へ。
グローの棒切れは、コフィーヌの首元へ。
完璧な勝利。
この鉱矮人、癖に似合わず技が美しい。
そこは昔から評価しているところだ。
「ダメだ! 全然ダメだ!」
さぁ、ここからは鬼教官の熱血指導タイム。
俺は鍋の蓋をしめ、人数分の食器を並べ始めた。
実戦不足を嘆くグローにとって、彼女たちとの稽古はちょうどいい刺激だったようだ。
一方、ガルは料理と観察係に徹しつつ、変わらない仲間たちの姿に何か思うところもあったのかもしれない。
次回も静かに、しかし確実に、物語は進む。




