第43話 難しい話は苦手だ
今回は、前回に引き続き「魂世界」でのウラグとの対話編です。
敵だったはずのウラグは、なぜガルに親切にしてくれるのか。
そして、「ここに降りて来られる時点で、お前は我々に近い」という言葉の真意は──?
彼が去り際に託した“力”は、ただの魔術ではありません。
ガルという存在そのものを問い直す、ひとつの“刻印”です。
「ウラグ……だと?あの千人長のウラグ?」
俺は焦った。
ウラグと言えば、俺達が捕え、王都へ移送した食人鬼だ。
そいつが今、目の前にいる。
霊体の姿で。
「何だ?私を知っているのか?」
「知ってるも何も……」
言葉に詰まる。
敵のトップをここまで追い詰め、作戦を潰したのは俺達だ。
そのことを知られたら、怒りを買うかもしれない。
しかし──
「俺はアンタを捕まえた部隊の一人だった。アンタの根城だった坑道に斥候として入ったのも俺だ」
「単眼鬼から逃げ果せた人間……お前だったのか!」
ウラグは怒るでもなく、むしろ嬉しそうに笑っていた。
「アンタ、俺が憎くないのか? 計画を潰した張本人だぞ?」
「もうそのような感情は持っていない。結局は私の慢心が原因。誰のせいでもない」
まるで別人のようだ。
俺の知るウラグは冷酷な将軍だった。
「アンタ、ずいぶん印象が違うな。もっと寡黙で、非情な奴だと思ってた」
「それは軍を率いる者の仮面だ。本来の私は──こういう性格だ」
「……大変だったんだな」
俺は自然とその場に腰を下ろした。
敵同士だったはずなのに、不思議と落ち着く。
「つーか、アンタまだ生きてたんだな。処刑されたと思ってた」
「あぁ、肉体はもうないだろう」
「は?」
意味がわからなかった。
「魂を自ら切り離した。身体が滅んでも、魂があればこちらに退避できる」
「そんなこと……可能なのか?」
「私は魔術師の中でも上位だ。だが、それには代償がある」
ウラグは語る。
魂とは不安定なもので、肉体との繋がりを失えば、やがて“集合思念”へと溶けていく。
ウラグという個も、いずれ消える。
「お前とこうして会話できるのは、奇跡に近い」
「なるほどな……。なんか、不思議だよ」
俺はぼんやりとウラグを見つめた。
元は敵。それでも、今は妙に居心地が良い。
「それにしても、なんでそこまで色々教えてくれるんだ? 俺、人間だぞ?」
その問いに、ウラグは目を細めて笑った。
「それは、お前が人間ではないかもしれないからだ」
「……何?」
「この『闇の魂世界』に降りてこれるのは、我々“暗黒種族”だけ。魔法の素質がある者でも、ここには辿り着けん。だがお前は来た。つまり、お前の魂は我々に近い──『異質』なんだ」
その言葉が、胸に突き刺さった。
──そう、俺には“何もない”と思っていた。
過去も、血筋も、魔法の才能すらも。
「もしかしたら、お前のルーツは人間ではないのかもしれん」
「……」
その感覚は、どこかで聞いたことがあるような気がした。
ただの妄想でもなく、確信でもない。
でも、納得はしていた。
「ふむ、お前のお迎えが来たようだ」
「……は?」
「魂が戻る。肉体に帰る時が来た」
視界の奥が、徐々に光を帯びていく。
「ウラグ、アンタには世話になったな」
「こちらこそ、良い時間を過ごせた。そうだ、これを持っていけ」
ウラグが右手を差し出すと、その掌に闇色の紋章が浮かび上がる。
「闇魔術の基礎だ。本気で修行すれば、使えるようになる」
「おい、王国では禁忌だって言ってただろ?」
「使うかどうかはお前次第だ」
その瞬間、紋章が淡く光を放ち、俺の胸へと飛び込んできた。
ズシリと重く、同時に熱い。
胸の奥、心臓に触れるような鋭い疼きと共に、身体の内側が何かに書き換えられていく感覚があった。
「うっ……」
呼吸が一瞬詰まり、冷や汗が背中を伝う。
「……なんだこれ……」
「安心しろ。それはまだ眠っている。お前の中で、時を待っているだけだ」
俺は、ゆっくりと目を開けた。
お読みいただき、ありがとうございました。
今回のメインは、静かに燃える「贈与」の場面。
魂に刻まれる異質な魔術と、それを渡すウラグの言葉が、今後の伏線となっていきます。
ガルの正体は曖昧なままですが、「人間とは違うかもしれない」という感覚が本人の中に芽生えたのは、これが初めて。
禁忌の魔術を与えるのが、かつての敵というのも因縁めいていて良いな、と個人的に思っています。
次回は、地上へ──。
現実世界で、またひと波乱ありそうです。




