第42話 訳の分からん場所
第42話です。
今回は“どこでもない場所”での不思議な出会いの話。
ガルが迷い込んだのは、「魂世界」──現実でも精神でもない、魂そのものが立つ世界。
そこにいたのは、死んだはずの敵、ウラグ。
彼は語る。「お前は人間ではないかもしれない」と。
これは、ただの邂逅ではありません。
過去と正体、そして「何者かになる」という物語の始まりです。
何も灯りのない、真っ暗な空間。
ここはどこだ?
俺はグロー達と坑道の中で寝た筈。
しかし、ここは坑道の中ではない。
真っ暗だが、違う。
グロー達がいないのだ。
閉鎖された空間特有の息の詰まる感じがない。
何処までも果てしなく空間が続いているようだ。
「ここは何処なんだ……?」
俺の声は反響することもなく、空間に吸い込まれていく。
とにかく歩いてみることにした。
とは言っても、前後左右も上下もまるで分からない。
歩いている感覚すら曖昧だ。
まるで肉体を失ったようだ。
「何なんだ、これ……」
しばらく進むと、微かに何かの気配を感じる。
その方向へ足を向ける。
気配が次第に大きくなっていく──誰かがいる。
俺が警戒しながら近づくと、向こうから声が掛かった。
「誰だ、お前」
低く唸るような声。
敵意はないが、友好的でもない。
「俺はガル。人間の賞金稼ぎだ」
「……人間、か?」
その声に、わずかな疑念が混じっていた。
そして現れたのは、身の丈3メートル近い──大きな食人鬼。
(やっちまった……!)
体が動かない。剣もない。
逃げなきゃ──でも、どこへ?
俺が後ずさろうとしたその時。
「待て、ガル。ここでは戦えん」
静かな声音だった。
「私に触れてみろ」
差し出された手に触れようとしたが──触れない。
手は空を切り、何も掴めなかった。
「……!?」
「ここは『魂世界』。『精神世界』の更に奥、魂の根源に至る場所だ」
訳が分からない。
「お前、魔法は使えないのか?」
「使えねぇよ。だったらこんな体張る仕事してねえ」
「だが、ここに降りてこれた。それが何よりの証だ」
食人鬼は俺をじっと見つめる。
「この場所に降りられるのは、ごく限られた者──とくに『闇の魂世界』に触れられる人間など、皆無だと思っていた」
「俺が人間じゃないってことか?」
「正確には、完全な人間ではないのではないか?そういう魂だ。普通の人間がこの場所に来られるはずがない」
その言葉に、心臓の奥がざわめいた。
俺自身、自分の詳しい生まれを知らない。
だが、何かが──確かに胸に引っかかった。
「俺に構う理由はそれか?」
問いかけると、食人鬼は小さく頷いた。
「同じ『闇の魂世界』に降りられた者同士。私には、見過ごせん。お前のような魂が、また闇の中から現れた意味を知りたい」
その眼差しには、戦士としての冷静さよりも、探究者のような熱意があった。
「種族を超えて、魂は語る。──だからこそ、私はお前に親切にしている。ここに来られるというだけで、お前は他とは違う」
どこか、使命感のようなものを感じた。
「……そうかよ。で、あんたの名前は?」
「私か? 私はウラグ。魔王軍の再興を夢見て、潰えた食人鬼だ」
その名を聞いた瞬間、思考が止まった。
(ウラグ……あの……?)
俺の中で、何かが音を立てて軋んだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この話は物理的な戦闘も、明確な事件もありません。
それでも、ガルにとっては「自分自身」という最大の謎に触れる重要な一幕だったと思います。
“魂世界”という新たな舞台、
“ウラグ”というかつての敵であり、導き手のような存在──
ウラグの目に映るガルの魂は「人間とは違う」。
ガルの出自の謎、そして闇魔術との関わりは、やがて物語の核に触れていくはずです。
もしも、彼が“普通じゃない何か”だとしたら──
その時、世界は彼をどう扱うのか。
次回もぜひ、お付き合いください。




