第40話 過去の詮索は嫌いだ
少し期間が空きましたが、第40話です。
前回の調査依頼から続き、今回は“砦の中”へ。
新たな任務のはずなのに、ふとした会話からグローの過去や、王国という国の仕組みまでが垣間見えていきます。
ガルの過去についても、ちょっとだけ触れることになりますが……まぁ、あいつはそういうやつです。
詮索されたくないって気持ちは、きっと誰にでもあるんじゃないかと思います。
「そういや、この砦はどうするんだ?」
俺は、あの一件以来そのまま放置されていた砦を見上げながら言った。
狗鬼や黒醜人の死体は既に運び出され、処分されたらしい。
広場にはどす黒く乾いた血痕と、毒液の色だけが無惨に残っている。
「急造の砦ですから、ほとんど全面的に改修が必要ですね。ここが、木こりの町へ向かう第一地中道になる予定です。坑道の拡張に壁面の強化、レールの敷設まで含めた大工事です。門も狭すぎますから、実質的には拡張工事でしょうね」
「えらく大掛かりな話だなぁ」
「司令本部の移転ですから。国家事業です」
俺たち四人は砦の門をくぐった。
「コフィーヌ、中に入るのは初めてか?」
「はい。今までは街と砦の往復ばかりでしたので」
「外から見るより狭いだろ?」
「……ですね。もっと広いと思ってました」
「あまり広いと、弓に不慣れな奴じゃ当たらんからな。これでギリギリの幅よ」
「なるほど……」
「冒険者は一応、二日ほどの訓練はしたがな。結局は付け焼き刃だ、命中精度は低い。だったら、敵に近づくしかないからの」
グローがコフィーヌに色々と教え始めた。
教官の顔ってやつだな、あれは。
なんだか楽しそうにすら見える。
「こういうの、好きなんだなあいつ」
「軍にいた頃は教育担当だったと聞いてます」
「……は?初耳だぞ?」
「ガル殿が昔話をしないから、自分もしないんだそうですよ」
「……グローらしいな」
「そういえば、ガル殿は昔は何をしてたんですか?」
この質問は――一番、嫌いだ。
そして俺の答えは、いつも決まっている。
「別に。特別なことなんかしてねぇよ。底辺で、泥水すすってただけさ」
この一言で、みんな黙る。
案の定、サリィンも気まずそうに目を逸らした。
「……意地悪な言い方だったか。悪い」
「い、いえ……その……」
「気にするな。詮索されんのが嫌なだけだ」
「……はい。すみません……」
重い空気が漂いはじめた、まさにその時――
「なーにをモタモタしとるんだ、お主らは!さっさと来い!」
グローが坑道の入り口で手を振っていた。
……こういう時の空気の読み方は、やけに上手い。
「中の掃除は終わってるのか?」
「一応は中央軍が掃討したらしいです。ただ、あまりに広すぎて、完璧とは言い難いかと」
「つまり、残党がまだいるかもってことだな」
「まぁ、ワシがおるから問題なかろう」
「だな」
何とも気の抜けた会話だが、戦える奴が三人、しかも一人は地中構造に強い鉱矮人だ。
俺はまだ満足に戦えないが……まぁ、何とかなるだろう。
「そういや、サリィンとコフィーヌって、得意武器は何なんだ?」
ふとした疑問だった。
人には向き不向きがある。武器だってそうだ。
俺は刀。グローは双斧。
「私たちは、“得意を作るな”と教わりました。兵士は状況に応じて、武器を使い分けられるべきだと」
「それは確かに、軍の教えだな」
「……でも、グローには双斧あるよな?」
俺は、彼の背中にある斧を指差した。
「ワシはもともと王国軍ではない。鉱矮人の国の兵だった。王国に併合されて、勝手に王国軍になっただけよ」
「なんか……ややこしいな」
「だから辞めたんだ」
「未だに、軍内部では差別主義者も多いですからね……」
サリィンの言葉には重みがあった。
多分、本人たちも何度も差別されてきたんだろう。
――王国は元々、人間の国だ。
魔王軍との長い戦争の中で、他種族の国々を併合して巨大化したに過ぎない。
しかし、実権を握っているのは今も人間ばかり。
耳長人や鉱矮人が重職に就くなんて、今までも、これからもまずない。
当然、国の中枢ほど他種族への差別意識は根強い。
「王国は、良い国ではある。だが、完璧ではない」
グローのその一言は、誰の言葉よりも重かった。
俺が差別に鈍感なのは、貧民窟出身で底辺だったからだろう。
生きるのに必死だった。人の種族なんて、どうでもよかった。
だがその反面、自分の命を軽く扱う癖がある――と、グローに言われたこともある。
だから、最初にグローから言われたのは『自分を守れ』だった。
「まぁ、何にしても――完璧なもんなんて、どこにもねぇよ」
「だな。ワシもそう思う」
くだらない話を交わしながら、俺たちは坑道の奥へと足を進めていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回は「語られざる過去」や「種族間の距離感」が、会話の中で自然と見えてくるような構成を意識しました。
重いテーマではありますが、砦の探索という“今”に支えられた地に足のついた話になっていれば幸いです。
次回は、坑道の奥へと進んでいきます。




