第39話 特務の軍令なんて聞いてない
第39話 特務の軍令なんて聞いてない
「お待ちしておりました、ガル殿」
支部の事務所を訪れた俺を、サリィンがにこやかに迎えた。
あの共同作戦から、もうひと月。俺の怪我はまだ完治しておらず、ギルドでは簡単な採取任務ばかりだ。
貯金はあるから食うには困らんが、体が鈍って仕方がない。
そろそろギブスを外せるだろうとゼペットに訊いたら、「まだ早い、綺麗に繋がらん」と怒られた。
で、仮に外したとしても、今度はリハビリだ。もう一ヶ月も動かしてないんだ、指なんか硬くなってるに決まってる。
グローはというと、ソロで依頼をこなしてて、報酬の一部を律儀に俺に分けてくれる。
ありがたいっちゃありがたいが、そんなことされると余計に暇が際立つってもんだ。
――つまり、俺は、暇だ。
そんな俺を見かねてか、サリィンから「頼みがある」と呼び出された。ありがたいような、面倒なような。
まったく、俺の周りはお節介なやつばかりだ……。
「頼みたい事って何だ? サリィン」
「えぇ、こちらへどうぞ。コフィ、お茶を頼む」
「了解しました」
奥の応接室に通される。これはただ事じゃなさそうだ。
「どうぞ、お座りください」
「……なんだ? あそこで話せない内容か?」
「えぇ、ちょっと込み入った話でして。とりあえず、こちらをご覧ください」
サリィンは大きな地図を広げた。
「これは……?」
「例の、木こりの町の全体図です」
「ああ、魔王軍が要塞化しようとしてたあそこか」
「その通りです。山や森に囲まれたあの土地に、新たな東方司令部の本部を移転するという計画が出まして」
「は? 本部を移すのか? 急すぎだろ」
今の本部は東都にある。立地的にも文句なしだと思ってたが――。
「私も最初は驚きました。でも、どうやら現本部はもう手狭らしくて、魔王軍の残党も王都から遠い東部で活発化しているそうです」
「なるほど。だったら、より東にある木こりの町に大きい施設を建てたいってことか」
「そういうことになります」
「でも問題は、どの町からも遠いってことだな」
「それで、魔王軍の計画を一部採用するそうです」
「魔王軍の案?」
「地中連絡路の建設です。荷馬車が四列通れるような大型から、徒歩専用の小型まで整備するとのことです」
「なるほどな。だったら、線路も通した方がいい。輸送効率が段違いだ」
「さすがですね、ガル殿。その点も含めて参考にさせていただきます」
「で、本題はその話か?」
「いえ、これは前置きです。本題は、現地調査の手伝いをお願いできないかと」
「軍からの依頼ってことか……」
「今夜にでもグローに話す。多分、引き受ける方向になるだろう。ただ、ひとつ聞きたい」
「なんで軍人じゃない俺とグローを選んだ? 情報漏洩のリスクもあるのに」
「……まったく、ガル殿は鋭いですね。上将軍閣下も、そこを突かれるだろうと予測しておられました」
「上将軍の指名か、これ?」
「はい。お二人の指名は、他でもない上将軍閣下からのご意向です」
「俺たちにそんな価値があるとは思えんけどな」
「ガル殿は思いつきでトロッコの案を出しました。それを高く評価されています」
「それは……適当だっただけなんだけどな」
「適当でも有用なら、それで十分です」
†
「なーんでワシまで行くハメになるんだ……」
翌日、街の北門。俺、グロー、サリィン、コフィーヌの四人で出発することになった。
北の山を大きく迂回して、木こりの町に西から入るルートをとるらしい。片道一週間以上はかかる。
「上将軍の指名らしいから、仕方ないだろ?」
「フン!」
「ソロで依頼やるよりは楽じゃねぇか。報酬も悪くねぇし」
「軍の手先になるのが気に食わんのだ」
「元軍人のくせに」
「元軍人だからだ!」
文句を言いながらも荷物の準備はきっちりしてるあたり、根は真面目なんだよな。
「そういやコフィーヌ、昇進おめでとう」
「ありがとうございます。でも、私は何も……」
「連絡役も大事な役目だ。素直に喜べ」
「サリィンに言えた義理じゃないだろ」
「なっ!?」
「謙遜も度が過ぎると舐められるぞ、少尉殿?」
俺の助言に、サリィンは苦笑いするしかない。
「それより、本当に北回りで行くのか?」
グローが不満そうに聞いてくる。
「回り道すぎる。あの村の坑道を通った方が早くねぇか?」
「お、それいいな。行こう行こう」
そう言うが早いか、グローは南へ歩き出した。
「ちょ、グロー殿!? 調査機材もあるんですよ? 荷馬車は坑道通れませんって!」
「なら通れるようにするだけだのぉ。行くぞー!」
「グロー殿ぉぉぉ……!」
「もうああなったら止まらん。行くしかないな」
サリィンは肩を落とし、しぶしぶ馬車の進路を南へと切り替えた。




