第3話 圃矮人は商売上手らしい
小さな体に、大きな打算。
今回の依頼主は、現金なことで有名な圃矮人たち。契約と帳簿の向こうに、戦う理由はあるのか。
護衛依頼を出していたのは、圃矮人の商会だった。
圃矮人――小柄で、すばしっこく、手先の器用な種族。
その見た目から、よく「可愛らしい」「守ってあげたくなる」などと形容されるが、実際はサバサバした現実主義者が多い。基本、損得で動く。恩義よりも利得、情よりも契約。感情に流されにくい分、商人としては極めて優秀だ。現に、今の商人ギルドの長も圃矮人である。
今回の依頼は、西方の街へ武具や装備品を届け、帰りは薬草や香辛料などを積んで戻るという輸送任務だ。街までは荷馬車で丸三日、道のりは遠く、帰りも同じく三日。往復一週間の長丁場になる。
問題は、その道中で巨人の目撃情報があったことだ。目撃場所は目的地の街からさらに歩いて四時間ほどの山裾。薬効のある草花や茸の群生地で、薬草を特産とするその街にとっては、死活問題らしい。……なら、もう少し報酬を上げてもバチは当たらないと思うんだが。
「頼もう!」
道場破りでもするかの勢いで、グローが商会の扉を開けて大声を張り上げた。
「……」
静寂。
誰も返事をしない。が、誰もいないわけでもない。中は事務所らしく、30人近い圃矮人たちがせわしなく動き回っていた。小さな身体で帳簿を抱え、紙束を運び、羽ペンで書き込み、右へ左へと駆けている。中には机に乗り、器用に書類を仕分けている者もいる。
なのに、誰一人として俺たちに声を掛ける者はいない。
……完全に無視されている。
扉が開いた瞬間、一斉にこちらを振り向いたにも関わらず、全員がすぐに視線を逸らし、また事務作業に戻っていった。これは――
「シカトされてんぞ、グロー」
「うむ……ギルドの受付と一緒に来た方が良かったのかの?」
「確実にな。不審者が勝手に入り込んできたと思われてる」
「うむ……受付の言う通りだったわい……」
「どういう事だ?」
「いやの、付き添いで来ようかとギルドの嬢ちゃんが言うておったのだ。わしが断った」
「……お前はなんでそう、逆に手間のかかる方向へ持っていくんだよ」
俺は深く、深く溜息を吐いた。
「で、グロー、依頼書は持ってるか?」
「これか?」
「借りるぞ」
俺はグローからギルド発行の依頼書を受け取ると、一歩前に出て声を張る。
「輸送の護衛依頼で来た! 担当者は誰だ!」
――瞬間。
部屋の空気が変わった。
圃矮人たちが一斉にこちらを振り向き、全員が顔を輝かせてこちらへと駆け寄ってくる。
「冒険者様でしたか!」
「これはこれは、わざわざご足労頂きありがとうございます!」
「ささっ、こちらへどうぞ!」
豹変、という言葉がこれほど似合う場面も珍しい。あまりの手のひら返しに、もはや清々しさすら感じる。
「何じゃ、コイツら」
グローがぽつりと呟く。心底、呆れたといった顔だ。
「クライアントだと分かった途端、態度を一変させるんだな。まぁ、こういう種族だから商売が成り立つのさ」
「現金な連中じゃの……」
「我々圃矮人は、戦闘には不向きな種族ですからね」
先陣を切って俺たちを応接室に案内した圃矮人が、にこやかに言った。
「盗賊や義賊として冒険者になる者もおりますが、そのような才に恵まれるのはほんの一握り。肉体労働も得意ではありませんので、自然と商人や職人の道へと進むのです」
言葉の端々に、自身の選んだ道への誇りが滲んでいた。
ギルドにも時折、圃矮人の冒険者を見かけることはあるが、確かに数は少ない。小柄で華奢な身体は、鉱矮人のような頑丈さもなく、物理的に不利なのだろう。
とはいえ――
「誰も戦えとは言っておらん。その手のひら返しがどうにかならんのかと言っておるのだ」
グローが不満を漏らす。彼は真面目な奴で、相手によって態度を変えるような人間を、あまり好まない。
……だから、俺とつるんでいるんだろうな。
俺は基本的に、誰に対しても不真面目で怠惰だ。言い換えれば、裏表がない。
グローにとっては、その無頓着さが付き合いやすいのかもしれない。
ともあれ、ここまでのやりとりで俺たちの立場も明確になった。これからが本番だ。
圃矮人の商人気質と、グローの不器用な誠実さが対照的な一話です。
「仲間としての信頼」や「仕事としての冷徹さ」、そのあたりのバランスを少しずつ掘り下げていけたらと思っています。
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