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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 二節 狗鬼討伐依頼編

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第38話 バディってのは凸凹くらいが丁度いい

「よう、ガル!お前のお陰で、この間のはいい稼ぎになったぜ!見舞金だ、取っとけ!」


 大将の店で一人酒をやっていたところに、先日の作戦に参加していた冒険者がやってきて、金貨を一枚、俺の目の前に投げてよこした。

 早く治せよ、とだけ言い残して、さっさと店を出て行った。


「……なんかここ数日、金をよく貰うんだ」


 手のひらの金貨を転がしながら呟くと、隣の席に座るサリィンが苦笑いを浮かべた。


「みんな、ガル殿の怪我を心配しているんですよ。それに、あの作戦……予想以上に楽でしたからね」


 確かに、参加した奴らにしてみればおいしい仕事だったろう。

 街が危ない、なんて触れ込みだったが、やったのは砦や柵、落とし穴を作って、毒矢を撃っただけ。

 戦闘らしい戦闘もなく、数時間で終わった。

 それで報酬に加えて報奨金までついたんだから、文句の出ようもない。


「兵士に怪我人も出なかったし、街も無傷。本当に、何よりでした」


「で、サリィンは前代未聞の昇進ってわけだ。おめでとさん」


 俺はジョッキを軽く持ち上げて、サリィンのグラスにコツンと当てる。


「ありがとうございます。ですが、あれは私一人の手柄ではありません。ガル殿をはじめ、街の皆さんの協力あってのことです」


「いや、よくやってたさ。グローも感心してたぜ」


「自分では、あの時何をしてたか、あまりよく覚えてなくて……ただ必死で動いてただけです」


「だったら、余計に大したもんだ。グローのお墨付きだぞ。胸張っとけ」


 本来なら、こうして飲んでるときのサリィンは、物腰柔らかくて、腰の低い好青年だ。

 でも、戦場に出ると空気が変わる。冷静で迅速、決断も速い。門外漢の俺でも、あれが“将”の器ってやつだとわかるくらいに。


「出世祝いのついでに、グローからの忠言だ。『出る杭は打たれるが、突き抜ければ打たれん』、だとよ」


「はは……確かに、そうかもしれませんね」


「妬む奴は出てくるだろうが、軍の中で心から信頼できる奴を何人作れるかだ。……これは俺からのアドバイスな」


 サリィンが少し驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な目に変わる。

 余計なこと言ったかな、とも思ったが、どうせこいつはこれから先、そういう局面に嫌でも直面する。なら、先に言っておいて損はない。


「……信頼できる人間を、ですか」


「あぁ。あとな、俺のことは名前を売らんでいい」


「え?」


「有名になりたい訳じゃねぇ。目立たず、そこそこ稼いで、そこそこ生きられりゃそれでいい」


 ジョッキを傾けながら、サリィンの視線を感じる。


「……分かりました。ですが、心には留めておきます」


「それで充分だ」


 しばらくして、グローが店にやってきて、俺たちは三人で静かに杯を重ねた。



 俺たちが大将の店で飲み始めた頃――。


 グローは街の外れにある地下酒場にいた。

 カウンターだけの狭い店で、他に客の姿はない。街の住人ですら、この店の存在を知らない者がほとんどだ。

 そんな隠れ家のような空間で、グローは静かに一人の男を待っていた。


 手元にある小振りのグラスには、深紅の液体。

 南部でわずかに造られる、知る人ぞ知る高級酒――『紅玉の泪(ルビー・ティア)』。

 アルコール度数は高く、キリッとした辛口だが、飲み干した後にふわりと戻る香りには柔らかな甘みすら感じられる。


 この酒との出会いは、グローが軍人だった頃。

 南方戦線での激戦の最中、森で負傷し、部下と二人だけで彷徨い続けた末に辿り着いた小さな村。

 そこで気付けにと飲まされたのがこの酒だった。

 以来、グローは十数年かけて独自の流通ルートを築き、この街に優先的に卸させるまでに至る。

 今ではその村も商会の支援を受け、立派な町に成長したらしい。


「ワシにも『紅玉の泪』を」


 重々しい声と共に、もう一人の客が隣に腰を下ろした。

 マスターは顔を上げず、黙って黒い瓶を取り出す。

 磨かれたグラスに注がれる、少し粘度のある真紅の液体。まるで血のような色。


「久しぶりだな、こうして顔を合わせて話すのは」


 グローは隣を見ずに言った。


「ああ、何十年ぶりかも分からんが……アンタは本当に変わらないな」


 隣の席には、初老の人間(ヒューム)

 あの御前裁判で中央に座っていた――上将軍、その人だった。


「ドワーフだからの。対してお主は……老けたなあ。だが、将軍職は様になっておったぞ」


「それは言わない約束だろ。今日はお忍びなんだ。肩書きはなしで頼む」


「失敬失敬」


 グローがガハハと笑う。


 実はこの上将軍、かつてグローの部下だった。

 あの南部の村で、共に迷い込み、命を救われたもう一人の兵士でもある。


「……で、軍に戻る気はないのか?」


 酒を一口含みながら、上将軍が静かに聞く。


「ないな。今の暮らしは気楽だし、信頼できるバディもいる」


「ガル、か。左腕の怪我も聞いた。あの状況でよく生きて戻ったものだ」


「運が良かっただけじゃなかろうな。頭の回転が速い。咄嗟にピッケルを盾に使ったと聞いた」


「佩いてる剣はカタナだろ? あれで受けてたら……」


「曲がるか、折れてただろうな。アイツはあれを大事にしてる」


「ふむ……頭も良いし、身のこなしも悪くない。軍に欲しいな。正規兵というより、諜報系の部隊なんかが向いている」


「アイツが軍人になると思うか? 規律と縛りの中で生きる奴じゃない」


「確かに……三十であの落ち着きよう。だが修羅場は潜ってきている」


「俺も詳しくは知らん。スラム出身とは聞いたが、それ以降のことは話したがらん」


「誰にでも踏み込まれたくない過去はある。……まあ、惜しいがな」


 二人はそれから、軍の今昔、政治、世間話まで、酒を交えながら語り合った。

 グラスを傾けるたび、昔の戦友としての距離が自然と戻っていく。


 やがて瓶が空になると、上将軍が席を立つ。


「……ワシと一緒にいたこと、誰にも見られんようにな」


「分かっとるわ。でなきゃ上将軍にはなれんよな」


「ハッハッハ……変わらんな」


 そう言って、懐から金貨の入った袋を取り出し、カウンターに置く。


「二人分。釣りはいらん」


 マスターは無言のまま受け取り、何も言わない。

 その重さには、口止め料も含まれていることを察しているのだろう。


「お前が上将軍になって、軍も幾分マシになった……が、まだまだだな」


「一朝一夕には変えられんよ。だが、まだ変える余地がある限り、やる価値はある」


「……お主の胆力が一番恐ろしいわ」


 将軍が酒場を出ると、グローも立ち上がり、店を後にする。


「さて――ウチのバディと、期待の新星と飲み直すかの」


 肩を鳴らしながら、大将の店へと足を向けた。

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