第37話 荷台で祝宴とはな
「で、結局『少尉』ってどれだけ偉いんだ?」
俺は帰りの荷馬車の中でグローに聞いた。
聴取――ただの御前裁判だったがな――も終わり、サリィンだけは諸々の事務処理のため王都へ残ったが、その他は翌日には王都を発った。
「よく分かっとらんのか」
グローが呆れた様子で俺を見た。
「軍属でもないんだから分かる訳ねぇだろ」
「少尉ってのは、魔王軍でいう百人長くらいじゃな。士官学校を出たエリートはこの階級から始まるが、現場叩き上げでそこまで行く奴は珍しい」
「へぇ、じゃあサリィンもエリートの仲間入りってわけか!」
「いや、むしろここからが大変じゃろう。出る杭は打たれる。特に戦後配属組への目は厳しい」
「軍もめんどくせぇな」
「だからワシは辞めたんじゃ」
「納得だな……」
実際、トールズのあの態度を思い出せば、グローの言うことにも頷ける。
「そういや、セリファ。初めての王都はどうだった?」
「え? どうって……あれだけ慌ただしくされて観光も何もなかったし……」
セリファは肩を落とす。
王都には夜遅く到着し、そのまま軍の宿舎へ直行。裁判が終わった後も時間がほとんどなく、すぐに追い出されるように中枢区を出てきた。
商業区をぶらつく暇もなかったのだから、無理もない。
「俺も観光くらいはできるかと思ってたんだがな。ついでにコフィーヌも昇進して、残ることになったし」
コフィーヌはサリィンの副官として残ることになった。耳長人同士、同期ということもあり、最も信頼しているらしい。
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでくださいな」
そう言って笑ったのはピュートだ。顔が緩みっぱなしだ。
「ピュート、お前は今回でだいぶ儲かったんじゃねぇのか?」
「そ、そんなことないですよ~エヘエヘ……」
「ニヤけ過ぎだのぉ」
「だって、商会への報奨金の半分が私にって言われちゃったら、そりゃあねぇ?」
ピュートはすっかり上機嫌だ。
商会の上司が撤退準備を始めていたのを押し切り、弓矢と毒ポーションを大量に仕入れて砦に供給したのはピュートの独断だったらしい。
その判断が功を奏し、上層部も無視できなくなった結果、今回の手柄は彼に丸ごと渡る形となった。
「大博打だったな」
「街が落ちてたら私は死んでますし、請求もへったくれもないですからね!」
笑っていいのか分からん豪胆さだ。
「そういえば、ベルベット」
俺はふと思い出して、本を読んでいたベルベットの方を向いた。
「ギルドの報奨金って、どう分けられるんだ?」
ベルベットが顔を上げた。
「参加した冒険者全員に均等分配よ。その方が不満も出にくでしょ」
「ありがてぇ話だな」
「それはそうと、帰りは楽しく行きましょう!」
ピュートが小さな木箱をゴソゴソと開けた。中から酒瓶と、ずっしりした肉の塊が出てくる。
「おお!酒か!」
グローが真っ先に食いついた。
「え? 馬車の中で飲むの……? 揺れるし、なんか別の意味でも酔いそう……」
「火を通さなくても美味しいお肉もありますよ! これは特別な生ハムなんです!」
「おっ、生ハムの原木か! すげぇな!」
俺は手に取ったそれをじっと眺めた。骨付きで、重量感がある。これをナイフで薄く切って食べるのが通の食べ方らしい。
「こんなの見たことない……」
セリファが驚いたように見つめている。
「大将の店じゃ扱えねぇもんな」
「ウチにも卸してよ!」
「一応、商会の流通にありますが、王都近郊以外にはなかなか回らないんですよ。地方は輸送コストが……」
残念そうなピュート。
「……美味しいの?」
「それはもう!」
俺はいつもの投げ小剣を取り出し、原木から一枚、そっと切り取った。
それをセリファに手渡す。
「ガル……」
「あん?」
「その小剣って、矮鬼とか黒醜人に刺してた奴だよね……?」
「バッカ、ちゃんと洗ってるって」
「いや、そうだろうけど……」
「文句言うなら俺が喰う!」
そう言って、セリファが摘まんでいた生ハムを俺が横取りする。
「ちょっと!」
「……うまっ!」
ねっとりと舌に絡む旨味、芳醇な塩気、熟成された香り……最高だ。
「これをご所望ですかな?」
グローが気取った声で葡萄酒の瓶を差し出してきた。すでに栓は開けられている。
一口飲んだだけでわかる、これは高級品だ。
白葡萄酒の柔らかい酸味と果実味が、脂の甘味を引き立てる。完璧な組み合わせだ。
「……最高」
うっとりと呟いた俺の横で、セリファが膨れている。
「セリファ殿、こちらをどうぞ」
ピュートが、食用の専用小剣で切った生ハムを丁寧に皿に盛って差し出した。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに受け取るセリファ。
ベルベットも本を閉じ、葡萄酒を片手に輪に加わる。
こうして帰りの荷馬車は、ささやかな祝勝会の場となった。




