第36話 聴取じゃなくて御前裁判じゃねーか
軽い気持ちで同行したらこのザマだ。
話を聞く場だと思って来てみれば、そこには三将軍と宰相、そして――よりによって国王まで揃っていた。
ただの“聴取”じゃない、“御前裁判”だった。
「して、中央軍のトールズ。貴様の主張はこうだな――『中央軍が追い詰めた魔王軍の千人長である食人種を、東方軍の一伍長が不当に奪取した』と」
そこは薄暗く冷たい石造りの大広間だった。
王国軍の最高位を司る三将軍――右将軍、左将軍、上将軍が玉座の前に並び、その背後には丞相を従えた国王が座している。
その空間は法廷のような構造を成しており、誰が見ても只事ではないことを悟らせる異様な静けさに包まれていた。
俺達は証言台の手前、参考人席に座っている。
天蓋で覆われた玉座に座る国王の顔は見えないが、その場にいるだけで背筋が伸びる。圧がある。これが覇気ってやつか。
場の空気が濃い。呼吸が浅くなる。
「その通りであります、左将軍閣下!この東方の伍長は、我らの長年に渡る努力と犠牲を嘲笑うかのように、戦果を掠め取ったのです!」
トールズと呼ばれた男――武家貴族出身のエリート連隊長が声を張り上げた。
齢三十にして五千を統べる地位。名門、才覚、野心、そのすべてを兼ね備えた典型的な「中央の男」だ。
「なるほど。では、東方軍、サリィン伍長。反論はあるか?」
左将軍の鋭い視線が、隣に座るサリィンに突き刺さる。
だが、サリィンはひるまなかった。まっすぐに立ち上がると、言葉に一切の濁りもなく応じた。
「恐れながら申し上げます。我々が該当の鉱山で敵性活動を確認したのは戦闘の三日前。その時点で東方司令部に増援要請を提出し、ギルドとの連携にも着手しておりました。その間、中央司令部から中央軍が既に近隣に展開しているなどという情報は一切下りてきていませんでした」
静かだが、力のある声だった。
「貴様、白を切るつもりか!」
トールズが苛立ちを隠さず机を叩く。
「トールズ連隊長殿は展開中でいらたので、伝達が滞ったのも致し方ないかと。ですが、貴殿が軍を分割して廃墟へ向かうには、中央司令部の許可が必要だったはず。その際、我々の展開報告をお受け取りになっていなかったと?」
「そんなもの、私は知らんと言っている!」
額には怒りで浮かんだ血管が脈打ち、まるで今にも噴火しそうな勢いだ。
いや、これは怒りというより、プライドが傷つけられた獣の反応だな。
「ハハハ、ならば中央司令部全体の伝達不備、職務怠慢ということになるのぉ?」
ホールに低く響くのは、グローの大声だ。
その一言にトールズの顔が更に赤くなる。
「部外者は黙っておれ!」
帯刀が許されぬ場でなければ、確実に抜いていただろう――それほどまでに、男の怒りは臨界に達していた。
冒険者の言葉にここまで逆上するか?なんて小さな男だ。
「静まれ、トールズ」
その場を凍らせるような声が響いた。
上将軍――軍の最高司令官。かつては一兵卒として入隊し、数十年をかけて地位を築き上げた、生きる伝説だ。
老齢のその姿に衰えはなく、王とも異なる、研ぎ澄まされた力を感じさせた。
「……はっ」
トールズは膝を折り、子犬のように縮こまった。
「両者の言い分、承知した。どうやら東方軍の報告を受け、中央軍が功を焦ったというのが実情だな?」
「い、いえ……」
トールズの声は途切れがちだった。怒りが去ったあとの顔は真っ青で、まるで死人のようだ。
「焦るのは悪いことではない。若い時分、わしにもあった。だが――」
上将軍の声が急に鋭くなる。
「護送中の味方を襲うとは、賊の所業だ。貴様、恥を知れ!」
「ひ、ひぃ……!」
「処分は追って伝える。下がれ。牢に入れられた貴様の部下も全員連れて行け!」
「は、ははぁっ!」
トールズは崩れるように退場していった。
「さて――サリィン伍長」
再び名を呼ばれたサリィンが立ち上がる。
「貴様の働き、実に見事であった。国王陛下もお慶びである」
「恐れ多きお言葉にございます。しかし、この成果は私一人のものではありません。この場におります冒険者やギルド関係者、皆様のご協力の賜物です」
その言葉に偽りはなかった。
飾らぬ心がそのまま伝わる言い方だ。こういう男だから、俺も力を貸そうと思ったのかもしれない。
「うむ。だが、少数で多数に当たるには、短期間でこさえたあの砦は見事な策だった。して、お主の見立てでは、どれほど持つと見た?」
「三日を限度と想定しておりました。ですが実際には、二日が限界だったかと」
「正直でよい。もし中央軍の介入がなければ、単眼鬼六体、狗鬼・黒醜人合わせて千を超える相手と戦うことになっていた。二日保てば上々の防衛線だ」
「ろ、六体!?」
俺は声を上げた。
俺が鉱山で遭遇した単眼鬼はたった一体だったが、背筋が凍るような相手だった。六体なんて、正気の沙汰じゃない。
「その方がガルか。よく生きて戻ったな」
上将軍の視線が俺に注がれる。
「いや、俺の斥候なんて、大して意味がなかった……」
「違うぞ」
上将軍は断言した。
「お主が知らせた情報が、砦を高くし、地面を掘らせた。命を懸けた偵察には、計り知れぬ価値がある。無駄ではない」
――なんだろう、この感じ。
誰かに似ている。
そうだ、俺の師匠に似ているんだ。
優しくて、真っ直ぐで、厳しくて、温かい。
「サリィン伍長。貴様は二日しか保たぬと分かっていながら作戦を決行したのか?」
「はい」
「玉砕覚悟で?」
「冒険者の方々は逃げてもらっても良いと考えていました。しかし、王国軍兵には玉砕を命じておりました」
空気が凍りつく。俺たち冒険者も、その事実を今初めて知った。
「街の防衛が空になることは?」
「想定しておりました。ですが、二日保てば東方司令部の援軍が届く確信がありました。情報も、街に残したコフィーヌ上等兵と共有していました。鉱山と違い、街には堅牢な城壁もございます、援軍との連携は彼女に任せてよいと判断しました」
「よし。サリィン伍長!」
「はっ!」
「貴様を、少尉に任ずる!」
「少尉!?よ、四階級特進だと!?」
グローが驚きの声を上げる。
そんなにすごいことなのか?俺には分からない。
「死を覚悟し、かつ未来を託す手筈まで整えてあった。二百の部隊を統率する力も示した。才ある者を上に引き上げる。それがわしのやり方だ」
上将軍の笑い声が、重苦しいホールに風を通すように響いた。
「私が……、少尉……」
呆然とするサリィン。
そのとき、玉座の奥で国王が静かに立ち上がった。
「サリィン。階級が上がれば、責任もまた増す。自ら死を選ばずともよいよう、更に力を付けよ。励め」
「はっ!この身、この命、国王陛下と王国民のために捧げる所存でございます!」
サリィンが深々と跪いた。
まるで、英雄譚の一節のようだった。
……いや、きっとこれは、後に本当にそう語られるのだろう。
四階級特進――まさに異例の抜擢。
だがそれは、数字以上の意味を持っていた。
国王と三将軍の前で膝をついたあの瞬間を、後の世はどう語るだろうか。




