第35話 めんどくせぇ事になった
「完治するまで禁酒」――そんな忠告はどこへやら。
二日酔いで目覚めた朝、ベッドの隣にはセリファ。そして扉の向こうにはサリィン。
休むはずだったガルの一日が、またしても“めんどくせぇ”方向へと転がっていきます。
喉の奥が焼けるように熱い。
二日酔いでガンガンに痛む頭を押さえながら、俺はようやくベッドの上に身を起こした。
「……またやっちまったか」
気だるい身体を揺らしてベッドの下に足を下ろし、ふと隣を見やる。
やはりというか、予想通りというか、セリファがシーツを肩まで引き寄せて眠っていた。
静かな寝息を立てている彼女の顔を見ながら、俺は額に手を当てて溜息を吐いた。
ゼペットのじいさんに言われてたんだ――「完治するまで酒は厳禁」って。
それでも、つい手が伸びてしまった。あの戦の後、色々と溜まっていたのは事実だ。
咥えていた紙巻煙草に火を点けつつ、まだ重たい頭を引きずりながら、ドアの前に立つ。
ノック音がまだ耳に残っている。訪問者は誰だ?
「はいはい、どちら様ですかっと……」
上半身裸のまま扉を開けると、そこにはきっちり制服を着込んだサリィンの姿があった。
ピンと背筋を伸ばし、申し訳なさそうに眉を下げている。
「ガル殿、失礼いたします。……まだお休み中でしたか」
「ああ……まあ。で、何の用だ?」
「申し訳ありませんが、本日、王都へ出頭することになりまして。可能であれば、同行していただけませんか?」
「……は?」
言葉の意味を理解するまでに、数秒を要した。
「なんで俺が?」
「先の戦闘に関する事情聴取です。関係者として、どうか加勢していただけませんでしょうか」
「加勢、ねぇ……嫌な響きだな。グローを連れて行けばいいだろ、あいつの方が百倍喋れる」
「グロー殿にもご同行いただきます。ですが、単眼鬼の存在を最初に確認したのはガル殿。加えて、ギルド協力の案も貴殿から出されました」
「……めんどくせぇな」
「関係者として、ギルドのベルベット殿とピュート殿も同行予定です。昼過ぎに発ちますので、それまでに支所までお越しください。では、お邪魔致しました、お二方」
サリィンはにっこりと微笑む。
その視線が俺の肩越しに、ベッドの上で眠るセリファの方を見ていたことは間違いない。
「あ……」
やられた。
なんとも食えない耳長人だ。俺は煙草をくゆらせながら、苦笑した。
「バレてたのね……」
シーツを肩からずらしながら、セリファが起き上がってくる。
「起きたか」
「うん。……王都に行くの?」
「ああ。サリィンに呼ばれちまってな。何かしらの聴取らしい」
「いいなあ、王都……私も行ってみたい」
セリファがぽつりと呟いたのを聞き、俺はふと思い立った。
「……一緒に来るか?」
「え?」
「大将には俺が言っとく。旅は道連れってやつだ。来いよ」
「ちょ、ちょっと!勝手に決めないで!」
「行きたくないのか?」
「……行きたい」
「よし、決まりだ!」
†
「大丈夫ですよ」
サリィンが微笑みながら言った。
「入城手形には『関係者一行』とだけ記されています。人数の指定もありませんので、セリファ殿も同行可能です」
あっさり許可が下りたことに、逆にこちらが困惑してしまう。
「……なんとも杜撰だな」
グローが呆れ顔で言う。
「むしろ、何人入り込もうと即座に処理できるという自信の表れだろ?」
「物騒な話をサラッとするでない……」
「では、軍以外の関係者は、ガル殿、グロー殿、ベルベット殿、ピュート殿、セリファ殿の五名。軍からは私とコフィーヌ、トウラ文官が同行します」
こうして、王都へ向けた旅路が始まった。
馬車は二頭立ての荷車。御者はサリィンたち軍人組が交代で務める。
道中は王国の管理する主要道で、広く整備された石畳が続いている。
「なんとも呑気な旅だのぉ」
パイプをふかしながらグローが言う。
「おい、煙が籠るだろ! 吸うな!」
「けちぃ……」
文句を言いつつも、渋々パイプをしまう。
「ところで、サリィン」
「はい?」
「案の定、襲撃されたそうだな」
「ええ。護送中に襲撃を受けましたが、対処済みです。捕らえた者はすでに賊として王都へ送りました」
「……襲撃?誰がだ?」
「分からんか、ガル。中央軍じゃよ。手柄をサリィンに持ってかれて、苛立っておるのじゃ」
「はああああああ!?」
「ギルドとの協力が陛下に報告されていたにも関わらず、中央はそれを無視して独断で動いた。そして、護送中の部隊を襲った。……これは無視できん」
「なるほどな。で、今回の聴取ってのは、その辺の泥仕合の火消しか」
「というより、火の粉がどこまで飛ぶか見届ける会じゃな」
グローが愉快そうに笑う。
どうやら、俺たちはとんでもなく面倒な戦場に向かっているらしい。
二日酔いで目覚めた朝、なしくずしにセリファを道連れにするガル。
向かうのは事情聴取――のはずが、どうにも雲行きが怪しい。
のんきに観光気分で済むような場所じゃ、なさそうです。




