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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 二節 狗鬼討伐依頼編

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第33話 終わりってのはあっけないもんだ

巨体の指揮官――オーガ、ウラグ。

最後の希望に賭けて坑道を抜けたその先にあったのは、予期せぬ包囲。

全てを理解したその目に残っていたのは、怒りではなく――空虚だった。

「忌々しい王国軍め……! 姑息な手ばかり使いおって……!」


 天井を擦るような巨躯が怒声を吐く。

 ――食人鬼(オーガ)、千人長・ウラグ。

 その右肩には深く矢が刺さっており、彼の黒い指の隙間から紫色の血が垂れていた。


「千人長!この坑道の先は街道に通じております!まずは退避を!再起の機会はまだ……!」


 付き従う黒醜人(オーク)の兵が、息を切らしながら叫ぶ。

 そうだ――逃げねば。

 ここで討ち死にしては、ようやく掴んだ将官への道が潰える。

 彼ら魔王軍残党にとって、栄達はただひとつの救いだった。


「クソ共がぁあああ!」


 ウラグは膨れ上がる怒りを拳に込め、坑道の岩壁を一撃で砕いた。

 岩片が飛び、部下たちがたじろぐ。

 それでも、その先にある“異変”には気づくのが遅れた。


「何だ、あれは……!?」


 坑道の出口が、狗鬼(コボルド)の群れで埋め尽くされていた。

 群れは外に向かって押し寄せようとしているが、押し返す力に潰され、積み上げられ、血と毒の臭気が淀んでいた。


「回り込まれたのか……?」


 一瞬、場が凍りつく。

 先程まで戦っていた王国軍は、こちらと真正面からぶつかっていたはず。

 どうやって、もう一手を回した?

 まさか……。


「どけぇぇぇぇえええっ!!」


 怒り任せにウラグが突進し、狗鬼どもを薙ぎ払って外へ飛び出す。

 その目に映った光景が、すべての問いに答えた。


 †


「出た! 指揮官か!」


 砦の上で俺――ガルは叫んだ。

 異形の双斧(ツインアクス)を構えた巨体が、広場へと躍り出る。

 が、その足はすぐに止まった。

 砦の上から照準を定める無数の弓、毒矢のきらめき。

 奴はすでに、包囲されている状況を理解したのだ。

 そして、それと同時に戦意を喪失した。


「指揮官は捕縛、抵抗する者は斬り捨てろ」


 サリィンの声が、凛と響く。

 王国軍の兵が広場に降り、矢を構えた冒険者の支援のもと、的確に拘束を開始する。

 逃げ出そうとした者、逆上して突っ込んだ者――全てが砦の上から狙撃され、その場に沈んだ。


「クダラナイ、王国ノ罠……!」


 食人鬼が、低くうめくように耳長人(エルフ)語を発した。

 その声に反応し、サリィンがゆっくりと彼に近づく。


「名は?」

「……千人長、ウラグ」

「質問に答えろ。お前たちはこの鉱山を拠点に、廃墟を要塞化しようとしていたな?」

「魔王軍……窮地……兵、要ル……」

「狗鬼が村を襲っていたことは知っていたか?」

「ムラヲ……?」

「知らなかったのか……。お前の敗因はそれだ。自軍を御せなかった。貴様に指揮官の器はない」

「ドウイウ……コトダ……?」

「我々は東方司令部所属の部隊だ。お前が戦っていたのは中央司令部の直轄部隊。連携などしていない、それぞれの思惑がたまたま重なっただけの話だ」

「……武運が……無かった、ノカ……」

「違う」


 サリィンの声は厳しかった。

 その目に、かつての迷いや恐れはもう無かった。


「お前は、器ではなかった。もし狗鬼どもが村で暴れなければ、我々は今日、ここにいなかった。貴様は逃げおおせた。それだけの話だ」

「斥候……貴様ノ……者、ナノカ……奴ラノ者……デハ……ナカッタ……カ……」


 ウラグの膝が崩れた。

 その口元に浮かぶのは、歪な笑みにすら見える諦念だった。


 †


「これにて、敵軍の抵抗は完全に潰えた!」


 サリィンは砦に上がり、冒険者たちに向かって深く頭を下げた。


「ご協力、誠にありがとうございました!」


 どっと歓声が上がる。

 砦に詰めた冒険者たちが、仲間の健闘をたたえ合いながら拍手を送る。


「指揮官とその部下を捕縛できました。皆様のお力なくしては成し得ませんでした!」

「……それで、報酬は?」


 どこからともなく、ぼそりと現実的な声が響く。

 笑いが広がった。


「報酬はギルドを通じ、責任をもってお渡しします。なるべく早くお届けできるよう手配致します!」


 その言葉に、さらにどよめきが湧いた。


「サリィン!お主は早く捕虜を連れて発て!中央の連中が余計な口出しをする前にな!」


 グローがにやりと笑い、声をかける。

 サリィンはうなずき、捕虜たちの移送準備を進める。

 ウラグ以下、指揮官格の十一名が先に東方司令部へ送られることになった。


 †


「なぁ、グロー。捕虜って、その後どうなるんだ?」

「九割は処刑じゃ。残りの一割のうち、七分が獄死。三分が登用される」

「登用? 魔王軍の兵をか?」

「情報収集や間者として使える奴もおる。王国とて、手段は選ばん」


 風が吹く。

 血と毒のにおいが、風に混じる。

 俺はポケットから紙巻煙草を取り出し、火を点けた。

 燃える先端をじっと見つめながら、ひとつ、深く息を吐いた。


「……今回は、何の役にも立たなかったな」

指揮官として登場したウラグの最期は、驚くほど静かで、あっけないものでした。

魔王軍のために兵力をかき集め、任を全うしようとした彼は、実のところ誠実な軍人だったのかもしれません。

包囲を悟った瞬間、潔く戦意を捨て、縄についた姿には、どこか主君のために腹を切る侍のような覚悟を重ねています。

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