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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 二節 狗鬼討伐依頼編

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第32話 状況開始だ

静寂を破り、戦端が開かれる。

勝利ではない、“守りきる”ための戦いが、いま始まる。

 砦の上、サリィンは風の冷たさを感じていた。肩の筋肉は強張り、こわばった指先に弓の感触が生々しく残る。

 ここ数日、グローと繰り返した戦術会議が脳裏をよぎる。作戦の主目標は魔王軍の討伐ではない。あくまでも防衛――街を守り抜くこと。それが、今回の作戦における最重要目的だった。

 敵の殲滅ではなく、ただ釘付けにし、被害を最小限に抑える。勝利に囚われるな。焦りや奢りが命取りになる――何度も、グローの渋い声で言い聞かされた。

 頭では理解している。けれど、感情はそう割り切れない。


「私は……臆病者だ……」


 思わず漏らした呟きは、冷たい風に消えていった。

 戦後配属。実戦経験なし。

 そんな自分が、街の命運を託された。二百を超える兵の指揮官として。


 ――怖い。恐ろしくて、仕方がない。


 自分の命ではない。他者の命が、自分の判断にかかっている。その重さが、胸に鉛のようにのしかかる。


「サリィン伍長!」


 急報が届いたのは、そんな時だった。

 砦の下から文官の声が響く。顔色は土気色で、目は血走っていた。


「どうした!」


 砦の縁から身を乗り出し、声を返す。


「火急の知らせです!」


 その言葉だけで、サリィンは何かが起こったことを悟った。

 彼女は一瞬も迷わず砦から飛び降り、地面を蹴って駆け出した。



「……もぬけの殻だの……」


 坑道の奥。俺がかつて単眼鬼(サイクロプス)と対峙した、あの広場。

 そこには、死の気配すらなかった。

 魔物の血も、残骸もない。ただ、冷たく乾いた岩肌だけが広がっている。


「戻るぞ、グロー。これは嫌な空気だ。砦がやられる前に、動かないと」

「うむ……」


 グローは返事の代わりにしゃがみ込み、床を指先でなぞる。


「どうした?」

「足跡じゃ。全て同じ方向へ、しかも慌てて逃げ出しておる。それも……木こりの町の方角へ向かってな」

「……撤退? いや、戦略的移動か……?」


 嫌な予感がする。


「奥へ進むか?」

「いや、戻ろう。いまは情報が不足しすぎておる。状況によっては、他の街が狙われておる可能性もある」

「了解。戻るぞ」


 来た道を引き返し、俺たちは走る。坑道を抜けるまで、あと数百メートル。

 その時――地鳴り。


「……今の、聞こえたか?」

「……おう。これは――足音じゃな」


 同時に振り返った。

 坑道の奥から、無数の足音が迫ってくる。乱雑で、滅茶苦茶で、それでいて、異様に速い。


「進軍じゃねぇ……逃げてやがるな!」

「急げ、外へ出るぞ!」


 俺たちは全速力で坑道を駆けた。背後から足音が追いかけてくる。距離が縮まっている。

 ようやく坑道の出口に飛び出すと、俺は怒声を砦に向けて張り上げた。


「敵襲ッ!各員、戦闘配置!矢を番えろッ!」


 砦の上にいた冒険者たちが即座に反応し、半弓(ショートボウ)に毒矢を番える。

 俺とグローも砦へと駆け上がり、サリィンの隣に並ぶ。


「来ましたか!」

「だが、おかしい。こちらは接敵していない。敵の方が、何かに追われて逃げて来ておる」

「もうすぐ出てきます!構え!」


 サリィンが叫ぶ。

 顔には緊張の汗が浮かび、唇が固く引き結ばれていた。

 音が近づく。静寂の中、全員が呼吸を止めた瞬間――狗鬼の群れが、狂ったように坑道から飛び出した。


「放てッ!」


 無数の矢が一斉に放たれる。狗鬼たちは次々に倒れ、阿鼻叫喚の惨状が広がる。

 矢が頭蓋を貫いて絶命する者。

 毒に侵され、泡を吹いてのたうつ者。

 足元の死体に引っかかり、転倒した瞬間に仲間に踏み潰される者。

 前へ進めず、後ろからの圧に潰されていく者。

 数の暴力が、逆に狗鬼たち自身を押し潰していく。


「ガル殿、グロー殿、よろしいですか?」


 矢を連射しながら、サリィンが俺たちに声をかける。


「なんだ?」

「東方司令部から連絡がありました。中央の討伐戦が終わり、その一部隊が木こりの町へ進軍中とのことです」

「……なるほどな」


 グローが含み笑いを浮かべる。


「そういうことか……この騒ぎは。討伐軍に敗れた狗鬼どもの、敗走じゃな」


 つまり、木こりの町で討伐部隊と接敵し、戦力差に恐れをなして逃げ出したのだ。


「でも、連絡遅くねぇか?」

「それは、中央司令部が()()を独り占めしたかったからじゃろ。自分達が『地方まで出張って鎮圧してやった』というシナリオが欲しかったのだ。わざと遅らせたんじゃよ」

「連中、相変わらずだな……」


 グローの声には、怒りと諦めが混じっていた。


「派閥争いなんぞ、民にとっては毒でしかない」

「面目ありません……」

「お主が謝ることではないぞ、伍長。だが、油断するな。まだ終わってはおらん」


 その言葉を証明するかのように、坑道から続々と狗鬼が現れる。

 装備は洗練され、身体も大きい。中には人間(ヒューム)と変わらぬ体格の者までいる。


「……精鋭が、来たか」

「指揮官が出てくるやもしれん。ここが正念場じゃな」


 俺は、負傷した左腕を押さえながら、砦の上から戦場をただ見下ろしていた。

指揮をとるサリィンの奮闘、戦士として高揚するグロー、そして冷静に全体を見ているガル。

敵の数、味方の士気、地形……すべての要素が絡む中で、初撃は放たれました。

“勝てるかどうか”ではなく、“どう生き残るか”に焦点が移りつつある戦場に、ご注目ください。

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